性に開放的な文化は、太平洋ミクロネシア諸島でよく見られるものである。
日本における性文化は、朝鮮から来たものでもなければ、中国からきたものでもない。
ゴーギャンが行ったタヒチ、ハワイ諸島の性文化は、日本と同様、開放的である。
従って、明治維新以前の日本の性文化は、太平洋ミクロネシア文化圏に共通する風習である。
この文化圏では、梅毒が無かった事も、性が開放的だった理由の一つである。
一方、西欧諸国における性に対する感覚は、否定的かつ排除的である。
この根源は、キリスト教に由来するものであり、梅毒感染地域における生き残り戦略だったとも言える。
だが、プロテスタントの台頭により、性に対する否定行為は激減した。
その結果がアメリカのフリーセックス運動である。
(1970年代)21世紀現在のアメリカでは、乳房をテレビに出さない、という性の後退現象が進んでおり、19世紀への回帰と言えるだろう。
では、アメリカの祖国文化と言える21世紀ヨーロッパではどうだろうか?
北欧では、小規模のサウナは、男女共に裸が基本である。(大規模は水着)
ここら辺は、日本の上越地方の混浴(ごく最近まで)と良く似ている。
テレビでも、ソフトポルノは成人指定なしで放映されている。
オランダを始めとして、売春もOKとなっている。(公営売春)
つまり、西側陣営でセックスを禁忌としているのは、日本とアメリカのみである。
どちらも、超少子化国である。
アメリカは、一見すると特殊出生率が2を超えている為に少子化問題は無いと思われているが、とんでもない。
”白人”に限ると、特殊出生率は日本とほぼ同じである。
アメリカでは、有色人種が少子化を防いでおり、100年もすれば、有色人種が白人を上回ると言われている。
要は、セックスを禁止すれば、その”国”は滅びるのである。
キリスト教の本山と言えるヨーロッパで、セックスが開放され、フリーセックスの起源たるアメリカでセックスが禁忌とは、世の中、何がどうなるか、判らないものである。
フランスにおける少子化対策は、”結婚”という形式を廃する事によって、成功した。
”母”であれば、どんな母でも政府の援助が受けられる。
”結婚”という形式を排除する事に成功したのだ。
21世紀フランスに於いては、事実婚(日本では内縁)が結婚の過半数を越えている。
日本はどうだろうか?
他国のマネばかりして、国を混乱させ、少子化を招いた日本は、世界でも稀なバカ国家だろう。
まずは、”セクハラ”という訳の判らない概念を無くす事が最も重要だろう。
セクハラという単語登場以前の日本では、結婚相手の1/3が職場であった。
職場からセックスを排除してしまった為に、婚姻率が激減したのである。
私は80年代後半に就職したが、同期女性との会話には、必ずセックスの話題が含まれていた。
女の子達も、ギラギラしていた。
従って、婚姻率はほぼ100%。
セックスの禁忌や排除的感覚がその国を滅ぼす
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