第3の特徴としては、高い出生率と頻繁な婚前・婚外出生、およびそれをとりまく結婚慣習を挙げたい。
この地域の粗出生率と合計特殊出生率は近世中後期日本の最高水準に属する。
女性の平均産児数は4.3人である。人口増加は高出生率による自然増加であった。
年齢別出生率は自然出生力のパターンを示しており、意図的出生抑制を行なわなかったことが分かる。
さらに注目すべきなのは、頻繁な婚前・婚外出生である。
野母村の女性の平均初産年齢は23.6歳で、初婚年齢より低い。
結婚する前に出産するのが一般的なパターンだったのである。
野母村の平均初婚年齢は女性25.3歳、男性31.1歳で、当時の日本でもっとも高い部類に属するが、婚前に性交渉をもつのは当たり前だった。
年齢別有配偶出生率を求めると10代後半が非常に高いが、これは若年結婚はほとんど婚前妊娠のケースばかりだったことを示している。
また、生涯未婚であった女性も、その4分の1は子どもを(しかも多くは複数の子どもを)持っていた。
内婚率の高さも特徴的で、野母村では92パーセントが村内婚である。
なお、活発な性交渉 いうことから結婚の不安定性が予想 されるが、離婚に至る割合は初婚の11パーセントであり、東北地方の34パーセントに遠く及ばない。
この地域における結婚の届け出のゆるやかさが離婚を過少に見せているようだ(届出しない)。
第4の特徴は、世帯間の個人の移動、とりわけ子どもの移動が頻繁に記録されていることである。
生まれてから数年たった子どもが突如「俸」として登場する。
このような子どもたちをどのように理解すべきだろうか。
「養子」に取られたと考えれば簡単だが、「養子」という記載はない。
また、これらの「体」には未成年者も多く、相続のために成年男子を養子に取るという日本の他地域に一般的な養子の年齢パターンと異なる。
むしろヨーロッパに一般的な「養育のための養子」に近い。
以上より、徳川時代の九州の海辺の村において、特徴的な性・出産・結婚の慣習が繰り広げられていた様子が浮かび上がってきた。
例えば、漁村には村落規模の著しく大きい場合があることは知られている。農村と比較して村内婚比率が高いことも周知である。また頻繁な婚前出生は、宿やヨバイの習俗と結びつけて論じられてきた。村人の家や独立の家を宿として村の若者たち(あるいは娘たち)が泊まり、共同労働と教育、そして男女交際(いわゆるヨバイ)の機会としたという習俗である。
処女を尊ぶ習慣はなく、婚前性交渉も婚前妊娠も当然のこととみなされていた。
女性たちは結婚儀礼のあともしばらく、ときには数年間も親の家に留まり、ひとりかそれ以上の子供を産んでから夫の家に移るのが普通だった地域も多い。
第2の類型は、自由に楽しむ「遊び」としての面を強調する赤松啓介らの立場である。
「夜這いはムラによって差があり、どことも同じでないが、基本的には『遊び』というものだ。若衆と娘や後家、女中に限るムラもあれば、老若にかかわらず、また夫婦に関係なく開放というムラもある。夜這いから結婚することもあるが、夜這いは結婚を目的とする民俗ではない。」(赤松1986:128-9)。女性とくに中年の女性からの誘いもよくあったという(赤松1986:182-98)。宮本常一もこの立場に近く、「そのときには嫁や娘の区別はなかった。ただ男と女の区別があった」(宮 本1960=2004:33)と言い、早乙女たちのあけすけな会話や、後家や人妻をかまう男達を描く
ヨバナシ(ヨバイ)
K んにゃあ、そげなんは、おなごんしは行かんげや。男んしが行く。そって、若いときな、友達の家な泊まったりしよったうが、そんときに、男んしが行って、ねんごろしていっと。
<いいえ、そういうのは、女の人からは行かないです。男が行く。そして、若いときには、友達の家に泊まったりするでしょう、そのときに、男の人が行って、仲良くして帰るんですよ。>
K ああ、女が、あっちに泊まったり、こっちに泊まったりしてな。
K 男は泊まらん。おなごんしが、友達や泊まったりしよった と。そこに、男んしが来よったわけ。おなごんしがおれば、夜遊びをすること。
K (男は)好いたおなごが泊まっちょれば、ほら、ひとりで来る。
K (女たちが)2人3人寝ちょっとをな、好いたのをな、外から引っ張っとよ。
K それは、間違いはないよ。女のほうも、もう解っちょっとやっで。
K 親は知らん。友達と泊まっとるじや、親は別んとこで寝とるしや。親んしは奥の間で寝てな、若いしはやっぱな、広い間で、みんなで寝る。親んしと、友達んしは、別々で寝るしや。だかい、親んしは知らん。
<親は知らない。友達と泊まる部屋と、親が寝る部屋は、別だからね。親は奥のほうの部屋で寝るし、若い人たちはひとつの座敷にみんなで寝るから。>
K 食事は我が家でして、友達の家な泊まりに行くだけ。
K (男が入るのは)玄関からじゃねえ。外から入られるとこがあろうが、そこから入ってくると。どことは決まってね、どこから入ってくるかは解らん。
既婚女性の男性関係
0 おかたが、他の男の人とつきあうことはありました?
K むかしは、そげんことは、多かったど。よその見知らぬ男の人とかなあ。今んしは、そげなこと無いけどなあ。
0 おかたが他の男の人となったら、旦那は怒りますよね、そしたら別れるんですか?
K ま、そげな人もおっと。
0 どちらから誘うんだろう?
K やっぱ男かなあ。
0 おかたになっても、もてる人もいましたよね?そういう人は、いくつぐらいまでもてるんですか?
K いくつかなあ。どうしても、若いほうがいいでなあ、30ぐらいだうなあ。
0 男は?
K 男はなあ、我が孫になるくらいの子と、孫ん子のようなんと一緒になったりもすんなあ。そんなしもおるなあ。孫んしくらいの女となあ。すもとりくセックス〉しよったとなあ。
0 男が捨てられるということもあ りますか?
K それもあるなあ。言葉がおうて一緒になるとなあ。男を好きになって、まえの男を捨ててなあ、その新しい男と一緒になると。昔はそういうのがようあったと。
0 直吉さんと結婚したあとも、他の男が言い寄ってきたでしょう?
K ええ、おなじ部落のおじさんが。畑を渡る、近道があったでや。そんおじさんな、竹細工をしよったでや。私が通れば、ほら、おじさんが、あたしをおかたにしたかったって、言いよったでゃ。
<論文>100歳女性のライフヒストリー : 九州海村の恋と生活
【詳細】https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/192659/1/kjs_012_017.pdf
100歳女性のライフヒストリー:九州海村の恋と生活
822文字数:3005
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