「え? なんか、嫁さんのこと落としてくれって言ってるみたいだけど、違うよな?」
尚人が、キョトンとした顔で恭介に聞き返した。恭介は、
「イヤ、それであってる。そういう意味で言った」
と、真剣な顔で答えた。恭介と尚人は、高校時代からの友人同士だ。お互いに社会人になり、29歳になった。恭介は、2年前に結婚してまだ子供はいない。尚人はまだ独身で、今は特定の恋人もいない。ただ、彼はいわゆるイケメンの部類で、性格も明るくて話もうまいので、モテるタイプだ。今は恋人はいないが、セックスをする相手は3人いる。
社会人になってからも、お互いの職場が近かったこともあり、ちょくちょく一緒に食事をしたり飲みに行ったりしている関係だ。社会人になると疎遠になることも多いが、この二人に関してはずっと密な付き合いが続いているようだ。
そんなある日、恭介が尚人を夕食に誘った。恭介は、長年考えていたことを実行しようと、尚人に相談をかけるつもりだった。それは、妻の結衣と仲良くなり、肉体関係を持って欲しいという内容だった。恭介には、かなり以前から寝取られ性癖があった。
元々のきっかけは、RPGゲームだ。その中で、ヒロインが主人公のライバルに連れ去られ、再会したときには子供まで宿していたという内容だった。恭介は、強い衝撃を受けた。その結果、寝取られ性癖に目覚めてしまった。
「イヤ、それは無理でしょ。て言うか、どうして? 浮気させて、離婚したいとか? でも、お前達って、スゲぇ仲いいじゃん」
尚人は、かなり混乱している。冗談だと思っているような気配もある。無理もない話だ。恭介は、ゲームの話まで遡り、理由を説明した。
「なるほどね、NTRってヤツだ。なんか、やたらと流行ってるよな。でも、なんで俺なの?」
尚人は、意外にあっさりと話を理解した。
「それは、オマエだからだよ。一番信用出来るオマエに寝取られたら、一番ショックだからだよ」
恭介は、そんな説明をした。
「なるほどね、オマエって、筋金入りのドヘンタイだったんだな」
尚人は、あきれ顔だ。でも、どことなく楽しそうな雰囲気だ。
「まぁ、否定はしないけど……プロに頼んだりも考えたんだけど、やっぱり見ず知らずの人間に寝取られるよりも、知り合いとかに寝取られる方がナチュラルだろ?」
恭介は、真面目な顔で言う。尚人は思わず噴き出しながら、
「何がナチュラルだよ。ドヘンタイが」
と言う。恭介は、照れ臭そうに笑いながら、
「どうかな? 引き受けてくれる?」
と聞いた。もちろん、この話をするまでに長い葛藤はあった。あまりにもアブノーマルで、常軌を逸した話だ。でも、子供が産まれたらますますチャンスがなくなると思った恭介は、決断を下した。
「OKだよ。もともと結衣ちゃん、スゲぇ好みのタイプだし。正直、人妻を寝取るのはメチャクチャ興味あるよ」
尚人も、正直な胸の内を話した。モテるタイプで遊んでいる彼だが、人妻や彼氏ありの女性とは経験を持ったことがない。意外に真面目なタイプだし、人の恨みを買うようなことはしたくないタイプだ。
尚人と結衣は、知り合ってから4年ほど経っている。まだ恭介と結衣が交際しているときから面識があり、結婚前にも数回食事をしたりカラオケをしたことが合った。その時から、尚人は結衣のことを可愛い子だなと思っていたようだ。
「でも、上手く行かないんじゃないの? 確かに俺はモテるけど、結衣ちゃん真面目だしオマエにラブラブじゃん」
尚人は、自分がモテるタイプだという事には絶対の自信を持っているようだ。でも、気弱なことを言っている。
「それはそれで、全然OKだよ。むしろ、そうなって欲しいって思ってる」
恭介は、矛盾したことを言う。寝取ってもらいたいのに、上手く行かないことも願う。覚悟は決めたものの、複雑な心情もあるようだ。
「なんだよ、それ。まぁ、気持ちはなんとなくわかるけど。でも、上手く行くとして、どこまですればいいの? セックスすればOKなの? それとも、本気で惚れさせないとダメとか?」
尚人は、細かい条件を詰めてくる。
「いや、それは……正直、ノープランって言うか……成り行きで」
恭介は、本気で身も心も寝取ってもらいたいという気持ちと、ただセックスをしたら終了にしたいという気持ちで、まだ決断がついていない。
「それもそうか、全然話にならないって事もあるしな。じゃあ、ちょくちょくオマエの家に遊びに行くよ。飯食って飲んで、仲良くなってみるよ」
尚人は、やる気を出している。恭介が、どうせ落とせないだろうと思っているのが伝わってきて、燃えているようだ。
恭介は尚人と別れた後、これでよかったのだろうか? と、ウジウジと悩んでいた。尚人が言っているように、恭介と結衣は仲が良い。ラブラブだと言われることも多いくらいだ。実際に夫婦仲も良く、休みの日にはしょっちゅうデートをしている。
映画に行ったり、結衣の趣味の美術館巡りをしたり、充実した休日を過ごしている。夜の生活も、結婚して2年経つが、毎週のようにしている。絵に描いたような幸せな家庭のはずが、恭介はどうしても自分の性癖を抑えられなくなってしまった……。
帰宅すると、結衣が笑顔で出迎えた。
「あれ? 早かったね。尚人さんと飲むんじゃなかったの?」
結衣は、部屋着でリラックスした姿だ。すでに風呂に入ったようで、完全にすっぴん顔になっている。恭介は、結衣のノーメイクのすっぴんが大好きだ。メイクをしているときよりも、幼い印象になる。そのくせ妙に生々しくて、セクシーだと感じるようだ。
「うん。飯だけ食べて別れたよ。明日も仕事だし」
恭介は、少しドキドキしていた。尚人と話していた内容が内容なだけに、軽く罪悪感も感じているようだ。
「そうなんだ。また、ウチに遊びに来てって言っといて」
結衣は、何気なくそんなことを言った。その言葉に、恭介はドキッとしていた。尚人との話を聞かれてしまったのだろうか? と、思わずいぶかるほどだ。動揺しながらも、
「そうだね、じゃあ、週末にでも呼ぼうか」
と提案した。少し声が裏返りそうになっていて、緊張しているのが見え見えだ。
「良いね。じゃあ、ワインとかも買っておく? 楽しみだね」
結衣は、本当に嬉しそうだ。昔から一緒に遊んでいる相手なので、気心も知れている。結衣は、尚人に対しては好感を持っている。話も面白いし、イケメンだからだと思う。
恭介は、翌日尚人に連絡を入れた。そして、金曜日の夜に食事をしようという流れになった。
「じゃあ、何かアルコール持っていくよ。でも、さすがにいきなりは無理だからな。期待するなよ」
尚人は、そう言って笑った。恭介は、自分が期待しすぎていたことに気がつき、苦笑いを浮かべている。そして、妙に落ち着かない3日間を過ごすと、あっという間に金曜日になった。
さすがに、恭介も今日何かが起きるわけではないとわかっている。わかっていながらも、どこか期待しているようだ。そして、彼は仕事を終えて帰宅した。
「早かったね。まだ尚人さん来てないよ」
エプロン姿の結衣が出迎える。夕食の準備をしているようだ。恭介は、エプロン姿の結衣を見て、可愛くて思わず抱きしめてキスをした。
「どうしたの? 珍しい」
結衣は、少しはにかみながらも嬉しそうだ。恭介は、多くの日本人男性の例に漏れず、愛情表現が得意な方ではない。恭介も少し恥ずかしそうにしている。すると、良いタイミングで尚人がやってきた。
「こんばんは。結衣ちゃん、久しぶり。ワイン買ってきたよ」
尚人は、リラックスした笑顔で話しかけている。
「こんばんは。ワイン、私も買ったよ」
結衣は、やっぱり笑顔になっている。
「どうせ飲んじゃうでしょ」
「それもそうか」
二人は楽しそうに会話を続ける。二人ともそこそこ飲める方なので、ワインの二本程度は開けてしまう。恭介だけが、あまり強くない。
そして、食事会が始まった。料理が好きな結衣だが、今日はどちらかというと飲みがメインのため、ピザやアヒージョ、チーズなどが並ぶ。
「ブロッコリー、美味いんだね。アヒージョで食べたことなかったよ」
尚人が美味しそうに食べながら感想を言うと、結衣は嬉しそうに、
「そうでしょ~。でも、恭介はあんまり好きじゃないんだよね」
と言った。恭介は、
「そんな事ないよ。でも、マッシュルームの方が好きかな」
と答えている。たわいもない会話だが、3人とも楽しそうだ。ただ、恭介は少し緊張しているようで、口数が少ない。それに引き替え、尚人は饒舌だ。
食事が続き、ワインも進む。会話は、尚人の結婚の話題になっている。
「まだ良いかな。仕事も忙しいし、まだ遊びたいし」
尚人は、結衣の質問にそんな答え方をした。
「もうすぐ30歳でしょ? そろそろタイミングじゃない? 今って、彼女いるんだっけ?」
酔ってきたせいか、結衣の言葉遣いもかなり砕けている。結衣は2歳歳下の27歳だが、タメ口で話すことが多い。
「今はいないよ。出会いもないしね」
「そんな事ないでしょ? 付き合うのが面倒だって思ってるんじゃないの?」
二人の会話は続く。このタイミングで、恭介はちょっと飲み過ぎたから少し横になると言って、リビング横の和室で寝転がった。
「飲み過ぎちゃった? 大丈夫?」
結衣が、コップに水を注いで持っていく。
「大丈夫、ちょっと横になれば平気」
恭介は、コップを受け取りながら言う。実際、そこまで酔っているわけではない。尚人と結衣を二人にしたくて、小芝居をしたようだ。
そして、恭介は寝たフリまで始めた。
「弱いのに飲んじゃうんだよね。でも、ちょっと横になったらすぐ復活するから」
結衣は、尚人にそんな説明をした。
「ワインって、飲みやすいから飲んじゃうんだよね」
尚人は、恭介の意図に気がついていながらも、由比の話に同調している。
「尚人さんは結婚願望はないの?」
結衣は、尚人の結婚にかなり興味を持っているようだ。
「あるよ、でも、もう少し後でも良いかなって思ってる」
「そんなこと言ってるウチに、あっという間に50歳とかになっちゃうんだよ」
からかう結衣。結衣は、会話をしながらも、時折和室の恭介を見ている。心配しているようだ。でも、気持ちよさそうに寝ている姿を見て、ホッとしたような顔になっている。
「じゃあ、良い子紹介してよ」
「え? 良いよ。興味ありそうな子に声かけてみるね」
「マジで? じゃあ、ライン教えておくよ」
そう言って、尚人は連絡先を交換し始めた。それなりに長い付き合いだが、この二人が直接の連絡先を交換したのは初めてだ。恭介は、寝たフリをしながらドキドキしていた。1歩前進した……そんな風に思っている。
「じゃあ、エッチはずっとしてないの?」