海に生きる妖精~裸の海女の物語


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あたしが若い頃に体験した、奇妙な風習についてお話しようと思います。
   
当時、あたしは夫と結婚したばかりの新婚1年目で、東京のとある郊外で暮らしていました。
そこにある日、上江島(仮)で網元をしていた夫の父親が倒れたという知らせがやって来ました。
病状は重く、身体に障害が残りそうだという知らせを受け、
急遽、あたしたち夫婦は、網元の家を継ぐため上江島に移り住むことになったのです。
   
実は夫は実家を家出同然に飛び出して来ており、そのせいで、あたしは夫の故郷の上江島を訪れたことがありませんでした。
夫はあまり自身の故郷について語りたがらず、上江島がどういった所なのか、あたしはほとんどわからないまま島に移住することになったのです。
   
上江島に渡り、夫の実家の旧家で初めて夫の母親、義母と対面したとき、夫の口が重かった理由がわかりました。
初めて会った義母は、あたしにこう言ったのです。
「この家に嫁として入るつもりなら、腕のよい海女でないと認められない」
   
あま?
時代錯誤な響きに混乱しました。
   
夫の実家は代々伝わる網元の本家で、家を守る嫁も代々立派な海女であることが条件だというのです。
義母の説明の後に、海女たちが集う海女小屋に連れて行かれ、実際の海女たちに対面しました。
そこで、あたしはショックで呆然としました。
そこにいた海女さんたちは、ちっちゃなふんどし一丁のほとんど裸だったのです。
   
何で先に教えてくれなかったのかと夫を責めました。
しかし、夫の立場も理解できました。
夫はかつて、この島のこんな風習が嫌で、勘当同然で島を飛び出したのですから。
そんな夫がこの島に戻り、自らも一から漁師修行をして家を継ぐ決意を固めたのです。
正直、裸で海女をしろと義母に言われたときは、離婚も頭をよぎりましたが、
夫のために、文字通り「一肌脱ぐ」ことを決心しました。
   
海女になることを承知したと義母に伝えたときも、義母はニコリともしませんでした。
淡々と、早速明日の朝に海女小屋に行くように、その前に下の家に住むマキさんという親戚のところへ行って、細かいところを教えてもらうようにという指図を受けました。
   
下の家のマキさんは、じろじろと無遠慮にあたしをねめつけながら、それでも世話焼きらしい性分を発揮して、
明日からやる海女修行のことをいろいろ教えてくれました。
素人のあたしは、中学生位の小さい子達と混じって練習すること、ベテランの海女さんが先生役で教えてくれること、
最初はさして深くない浅い磯で潜るから心配要らないこと。など。
   
最後に、恐る恐る海女の衣装?の縄ふんどしのことを、どこで手に入れれば良いのか、作らないといけないのか、
マキさんに聞いてみました。
「ああ、あんたの場合は、なんにもいらないから。手ぶらで来てもらっていいから」
手ぶらというのが気になりましたが、それ以上ふんどしについて聞くのが気が引け、あたしは口を閉じました。
   
夜が明けて、いよいよあたしが海女修行を始める朝がやってきました。
初めて「裸の仕事」をするあたしは、念入りに身体を洗って、派手にならないようにデニムパンツとTシャツという装いで外出の準備をしました。
   
間もなくマキさんが迎えにきて、一緒に海女小屋に行くことに。
海女小屋は島の漁港の向こう、浜の外れの海に突き出た岬寄りのところにある板張りの小さな小屋でした。
引き戸を開けると、一斉に「おはようございまーす」の黄色い声が。
中にいたのは15、6歳位の女の子たちが5人。
   
目を疑いました。
全員、ふんどしもつけない真っ裸でした。
   
着替えの途中かと思ったけど、マキさんに言われて自己紹介している間も、その後も、何か着る様子は一切ありません。
そうしてる間に顔合わせは終わり、マキさんが
「ほら、あんたも脱がないと」
混乱しました。『ふんどしは?』
「見習いはふんどし穿けないの。ちゃんとアワビ獲れるようになってから。それまでは裸」
『聞いてないです』
「みんなが来ちゃう前に、脱いでおいたほうがいいと思うよ」
『でも・・・』
「この娘たちも叱られるよ」
『パ・・・パンツもですか?』
「そうだ、全部」
   
頭が真っ白になりました。
正直、逃げ出そうと思いました。
人前で裸になるなんて。
しかも、全裸になるなんて。
   
足が震え出しました。
無表情で反応を待つマキさんと、無邪気な、それでいて少し困ったような少女たちの空気に耐えかね、
あたしは恐る恐る服を脱ぎ始めました。
   
デニムをゆっくり下ろして足から抜き、Tシャツをめくりあげて脱ぎました。
下着だけの姿になり、ブラの背中に手を回したものの、どうしても躊躇してしまいます。
マキさんのほうに目をやったものの、「早く」とばかりにじっと見つめられ、
思い切ってホックを外し、前屈みになってブラジャーを脱ぎ落としました。
見ていた少女たちの中から、小さい声で「おっきい」という声がし、
慌てて左手で胸を隠しました。
   
パンツ1枚となったあたしは、しばらく身動きできませんでした。
これを脱いだら、全裸になってしまいます。
アソコを人前にさらすことになってしまいます。
パンツに指をかけたまま、あたしは固まっていましたが、
時間がないよとマキさんに容赦なく言われ、
ぐっと唇を噛んで、胸を隠しながら、片手だけでゆっくりとパンツを下ろしていきました。
汗ばんだお尻がむき出しになってゆきます。
股間から布地が下り、アソコの茂みが丸出しになったときは、羞恥心で全身が焼けてしまいそうでした。
恥ずかしさに手が震え、あたしは長い時間をかけて、やっとのことでパンツを脱ぎました。
脱いだパンツを床に置いて、恐る恐るあたしは立ち上がり、生まれたままの全裸の姿を大勢の前に晒しました。
   
両手で胸と股間を隠していると、
「隠してたらあとあと苦労するよ」とマキさんに言われ、
勇気を振り絞って両手を下ろしました。
もう何も覆うもののない、むき出しの乳首とアソコの茂みが露わになりました。
そのまま女の子たちと素っ裸で向かい合います。
少女たちは皆まだ胸も控えめで、くびれもなく、下の毛も薄いか、全く生えてない子もいました。
それに比べ、あたしは隠しようもない大人の身体で、
胸は大きく膨らんで揺れていて(Eカップあります)、お尻の肉も大きく張り出しており、
股間には濃い目の陰毛が黒々と生えています。そんな少女たちとは明らかに違う部分が、
同じ素っ裸でいるにもかかわらず、まるであたしだけがさらし者になっているような恥ずかしさを感じさせました。
   
そうしているうちに、マキさんがどこからかカゴを持って来、あたしの足元に置かれていた、脱いだ服や下着を拾い集めると、どこかに片付けてしまったのです。
   
え・・・ちょっと!
激しく動揺しました。
あたしの着るものは、何もなくなってしまったのですから。
マキさんが服を返してくれるまで、返してくれるのかどうかもわかりませんでしたが、
あたしは今日1日、少なくとも海女が終わるまで、素っ裸でいなければなりません。
こんなむき出しの姿にされて、一体どうなってしまうのか、あたしは緊張と恥ずかしさから全身の震えを抑えられませんでした。
   
女の子たちと全裸で向き合った、変な沈黙の時間の流れを破って、
ガラッと扉が開き、ふんどし一丁の体格のいい中年女性が入ってきました。
少女たちは一斉に向き直り、整列すると
「おはようございます、カズコさん」と挨拶。
あたしも慌てて女の子たちの隣に並び、挨拶しました。
カズコさんはこちらに視線をくれると、列の端のあたしに目を留め、ねめつけるように見たかと思うと、
「ふうん、こりゃまた大きな裸んぼさんだねぇ」
言って、奥へと入っていきました。
   
カズコさんの後から、次々と縄ふんどしを締めた海女さんたちが小屋にやってきて、
あたしはマキさんに連れられ、先輩たちに挨拶しに行きました。
一人前の海女たち(上海女と呼ばれています)はあたしと同じ位の年恰好の人もいれば、二十歳そこそこの若い子、
恰幅の良い五十がらみのおばさんもいれば、七十近いお婆さんまで、驚くほどの年齢層の広さでした。体形も多様で、
背の高い人低い人、肥えている人痩せた人、筋肉質な人、おっぱいのふくよかな人、お尻の大きい人・・・
でも全員に共通しているのは、誰一人やつれている人はおらず、日焼けした褐色の肌つやはとても良く、健康的です。
小さな縄ふんどしのみをきりりと締めこんだその身体は、小柄な人でも生き生きとした迫力を感じました。
上海女たちがあまりにも堂々としているのに対し、あたしは真っ裸の姿が恥ずかしくてなりません。
おっぱい丸出しで胸を張る上海女の前で、一糸まとわぬ全裸。上海女でさえふんどしで覆っている股間をむき出しにし、身体を隠すこともできずに初対面の自己紹介をせねばならないのには、みじめさすら感じました。
   
恥ずかしい挨拶が続く中、マキさんが入ってきた一人の年配の海女さんを呼び止め、
「サダコさん、この人、網元さんとこの若奥さん。今日教育係でしょ? よろしくね」
サダコさんに伝えると、「じゃ、頑張ってね」
用でもあるのか帰っていってしまいました。
   
素っ裸で取り残されたあたし。周りは初対面ばかり、知ってる人は誰もいません。
恥じらいで背中を丸めるあたしに、さっきのサダコさんが話しかけてきました。
   
「あんた、名前は?」
『チエです』
「チエさんか。泳ぎは得意なのかい?」
『中学生の時以来です。25m以上泳いだことがないんです』
「ふうん。じゃ、一から練習だな」
   
ちょっと身体見せてみな、とサダコさんは言い、
気を付けをして胸を張るよう命じられました。
恥ずかしさで小刻みに震えるおっぱいやお腹にサダコさんの鋭い視線が突き刺さります。
バンザイして腕を上げるように言われ、その通りにすると、サダコさんは背後に回り、肩口から背中、わきの下、腰周り、お尻から太腿と、あらゆるところを観察していきました。
あたしの周囲を一回りし、股間の陰毛までじっと見つめていたサダコさんは、顔を上げると言いました。
「肉は大分ついてるけど、胸板は厚いし骨は太いし、いい身体だよ。何か運動はやってたのかい?」
『中学時代はバレー部でしたけど、最近は何も』
「そうかー。まあ体格はいいから、すぐ慣れるさ」
ニッと笑うその顔は思ったより優しそうで、あたしは今日初めて救われた思いがしました。
   
先程マキさんが言っていた通り、サダコさんが今日の見習い海女の教育係のようでした。
どうやら毎回、上海女の誰かが持ち回りの当番で教えてくれる仕組みのようです。
サダコさんは少女海女たちを集め、点呼を取りました。2人ほど、部活の試合があって来られないそうです。
少女らは本当に中学生のようで、全裸でする海女の仕事と、部活の試合という言葉があまりにもミスマッチで、
あたしは軽くめまいを覚えました。
   
「じゃあ、そろそろ行くか」
サダコさんの言葉で、見習い海女の女の子たちは小屋から外に出始めました。
あたしは、緊張で拳をぎゅっと握り締めました。
建物の外に出る!
海女しかいない小屋から出て、全裸で外を歩く。誰が見ているかも分からない野外を!
気後れするあたしを尻目に、少女たちは素足で土間に下り、戸口から出てゆきます。
少女たちの瑞々しい背中とお尻が戸口をくぐるのに続き、あたしも勇気を出して、四角い光の中に歩み出しました。
   
生まれて初めて、真っ裸で屋外に出たあたし。
すっかり高く昇った初夏の陽光と、潮風を裸の全身に浴びました。
今までビキニの水着すら着たことがなかったのに、ブラジャーもつけずパンツも穿かず、おっぱいどころかアソコまでむき出しにして外を歩いているのが自分でも信じられませんでした。
   
小屋の外には物干しのロープが張られ、無数の水中眼鏡がぶら下がっています。少女たちは各々中から自分のものを探し当てて手に取り、壁際に積み上げてある海女桶を小脇に抱えました。頭には奇妙な模様の入った手ぬぐいを巻いて髪の毛をまとめます。
   
サダコさんに聞きながら、小屋に余っていた水中眼鏡を借りて首に下げ、マキさんから借りた手ぬぐいを頭に巻いてあたしも身支度です。
   
「忘れ物はないな? じゃ、出発だ!」
   
サダコさんの号令で見習い海女たちの一団は堤防を乗り越え、漁場へと向かい砂浜に下りて行きました。
一団の最後尾から、あたしも彼女らを追って熱い砂の上に降り立ちました。
   
初夏の太陽は早くも燦々と照りつけ、裸の素肌がじっとりと汗ばみます。おっぱいの谷間やおへそのくぼみ、お尻の割れ目なんかに汗が伝い落ちるのがわかります。
   
今日が初日のあたしは他の子たちと違い、海女桶を持たず、手ぶらです。
そのせいか無意識のうちに、ついつい胸と股間を手で隠そうとしてしまいます。
あたしの陰毛は濃い目なので、片手では隠しきれずに、掌の両脇からはみ出してしまっていました。
下まで脱ぐんだったら、せめてアソコの毛くらい手入れしたかった。
股間にこんもりと盛り上がった茂みが、恥ずかしくてなりませんでした。
掌に陰毛のざらざらとした感触を感じながら、あたしは緊張と羞恥心のせいか、股間が熱くなってくるのを感じました。
   
ふんどし一丁のサダコさんに引率された、全裸の集団が砂浜を行進します。。
丸裸で、履物もはかない裸足で、髪の毛だけを布で包んだあたしたちは、地引網漁の漁師たちの目の前を堂々と横切っていきます。
   
先頭のサダコさんが漁師の1人と二言、三言世間話をし、少女たちが漁師たちに次々と挨拶をしながら通り過ぎます。
だんだん近づいてくる漁師たちの姿に、あたしの胸の鼓動はどんどん激しくなりました。
夫以外の異性に、素っ裸を見られるのです!
緊張で身を固くし、股間を手で隠しながら、漁師たちと目を合わせられずに、会釈だけして足早にその場を後にしました。
裸の女の子たちの集団に何の反応も見せなかった漁師たちは、新顔の全裸の女にも別段驚いた様子はなく、下品な声がかかることもありませんでした。
ただ、しっかり全身に感じた視線から、不審と好奇の混じった眼で見られてたのは間違いありません。
   
遅れていたあたしを待っていた一団から、サダコさんが歩み寄ってきました。
「恥ずかしいのはわかるけども、毎日のことだから、男衆もやりづらいし、あんたのためにもそういうのは良くない。手、下ろしな」
優しい口調でしたが、有無を言わせぬ命令でした。
あたしは涙目になるのをこらえ、胸と股間からゆっくりと手を下ろしました。
あたしがすべてをさらけ出すのを見届けて、再び一団は漁場へと歩き始めました。
押さえていた手を離したので、歩く度におっぱいがぶるんぶるんと揺れ、振動が伝わってきます。陰毛は風にくすぐられ、アソコがスースーと頼りない感覚に襲われます。
   
生まれたままのすっぽんぽんで、陽のあたる野外を歩いている。
なぜ? どうして?
   
漁場の磯が近づいても、まだこれが現実だという実感が沸きませんでした。
   
砂浜の外れにそびえる岩場を登った先が目指す磯だとサダコさんが教えてくれました。
ろくな道もない岩場を一団は海女桶を抱えたままひょいひょいと登っていきます。少女たちの若々しいお尻がぷりぷり動くのを見上げながら、あたしは慣れない岩登りに四苦八苦しました。滑ったりあちこちぶつけながら、やっとのことで上まで這い上がると、今度は崖同然の岩場を下らないとなりません。素足の足の裏が痛くて、泣きたくなりながらようやく皆の待つ下まで降り立つと、そこが見習い海女の練習場所である磯なのでした。
   
ごつごつした滑りやすい岩場を、波が激しく洗います。
打ち寄せる波は信じられない位に荒く、大波をまともにかぶったあたしは、まるでビンタされたかのような痛みが全身に走りました。
   
サダコさんが言うには、それこそビキニなどの水着なんか着ていたら、あっという間に波で剥ぎ取られて素っ裸にされてしまうらしく、そのせいで細縄でしっかり締め込めるふんどしが今だに使われているのだそうです。
「あんたは、そういうの気にしないでいいんだから、心置きなく練習に専念したらいい」
そりゃまあ確かにそうですが。
   
水中眼鏡をしっかりと顔にかけ、女の子たちは次々と荒海に入ってゆきました。海女桶を抱えたまま豪快に飛び込む子、先に桶を投げ込んで、後から身を踊らせる子、ざぶざぶと波間に身を沈め、桶を押しながら泳ぎ始める子、少女たちはそれぞれに海に身を委ねてゆきます。
   
あたしも怖気づいているばかりではいられません。
サダコさんに励まされ、目をつぶって、息を止めながら足元の岩を蹴り、波で泡立つ海に飛び込みました。
ところが鼻と口から激しく水が入り、あたしはパニックを起こしかけましたが、サダコさんが手を掴んで救い上げてくれました。溺れかけて激しく咳き込むあたしをなだめながら、大丈夫、大丈夫、ゆっくり一から練習だと諭すようにサダコさんは言うのでした。
   
一旦足のつく所に戻り、あたしが落ち着くのを待って、改めて練習の始まりです。
まず漁以前に、水中で息を止めることができないと話になりません。
中学時代以来「水泳」などしたことのなかったあたしは、そんなレベルからのスタートだったのです。
頭まで水に漬かり、身体の力を抜いて、息止め1分を目標とした練習を繰り返しました。
   
借りた水中眼鏡のおかげで、海の中は鮮やかに見えます。
見たこともない海草や海底の岩の間を、大小さまざまな魚の群れが行き交い、
その中を練習中の少女海女たちが横切ります。
頭の手ぬぐいと水中眼鏡以外、何にも身に着けていない、全裸の少女たちが海中を舞う姿は、
まるで人とは別の新たな生き物のようでした。
そんな少女たちが、基礎練習中のあたしの周りをかすめて行き過ぎます。
手が届くような近くを駆け抜けてゆく彼女らの、しなやかに水を蹴る両脚の間から、
見えてはいけない部分が目に入り、
そのあられもない姿にあたしは思わず、水中なのに驚きの声を漏らしました。
   
彼女らと同じ姿のあたしも、当然、無防備な身体のすべてを晒しているわけです。
海面に浮上し、拙い立ち泳ぎで水をかきながら、自分の身体を見下ろします。
おっぱいは風船のように海中で浮いて波間に見え隠れし、股間の陰毛が海藻みたいにゆらゆら揺れているのが透明度の高い水の奥に透けて見えます。
   
全てをさらけ出し、「海に抱かれている」という感覚を、あたしはじわじわと感じ始めていました。
   
単調な練習の中、ようやくお昼となり、海女たちは次々と海から上がってきました。
あたしも見習いの女の子たちに混じり、くたくたの身体を海から引き上げました。
そのまま、浜辺に戻って手早く焚火をおこし、お昼ご飯です。
お弁当を持っている子もいますが、女の子たちがさっき獲ったばかりの魚介類の一部を豪快に浜焼きにして、みんなで味わいました。
有難い事に、手ぶらでやってきたあたしにもおすそ分けがもらえました。
   
お昼休憩の間も、あたしたちは全裸です。
若い子たちは、お喋りに耽ったり、真っ裸のまま走り回って遊んでいる子もいれば、大股開きでお昼寝しているマイペースな子もいます。
あたしは、初日ということもあって、隅のほうで所在無さげに座っているばかり。
横座りの姿勢で、ちっちゃな海女手ぬぐいを股間に掛け、思い切っておっぱいは出したまま、頼りない姿で砂浜に座っていました。
   
そのうちに女の子が2人、傍らにやって来、改めてちょっとした自己紹介を交えながらお話を始めました。
チナツちゃんとミキコちゃんというその2人を含む見習い海女の娘たちは、みんな島に1つしかない中学校の3年生で、
毎年、中学3年になったこの島の女子は、進学や就職が決まっている子以外は全員海女になるための修行をするのが伝統になっているのだそうです。
なので、島の半数以上の女性は、職業海女じゃないけれど海女漁の経験者だと。
昔から海女がいるのが当たり前の土地だから、真っ裸で海女が歩いていても誰も気にしない(見透かされています。苦笑)というのです。
確かに、多感なお年頃であるはずの彼女たちですら、ぜんぜん身体を隠したり恥じらったりする様子がありません。
他人の眼が気になったりしないのか、と(それとなく)聞いてみると、おじさんやおばさんに見られたって何とも思わない、昔から知ってるし、とのこと。
奔放さに圧されながらも、じゃあ同級生に見られるのは気になるのかなと、ちょっとだけ微笑ましく感じたのでした。
   
ささやかな安らぎの時間は過ぎてゆき、間もなくお昼休みは終了。
サダコさんの号令で、あたしたちは再び、初夏の海に飛び込んでいきました。
   
太陽がいくらか西に傾き、木や岩の影が長くなってきた頃、
ようやく引き上げの号令がサダコさんから出て、今日の海女漁は終わりとなりました。
少女海女たちが1人、また1人と海から上がってきます。彼女たちの抱える海女桶からは、獲物の入ったゴロゴロという硬い音がしています。
見習い海女を卒業するためには、一日10個のアワビを採集するのがノルマなのですが、
見たところ、2人ほどそれに近いか、あるいは超えていそうな子がいました。
さすがに収獲0の子はいないようで、まだ初日なのに、あたしは本当にこれができるようになるんだろうかと、不安に思えました。
   
獲ったアワビはスカリという網袋に入れてまとめ、担いで一団は帰路につきました。
朝来た道を帰るのですが、収獲のおかげか、女の子たちの様子も少し華やいで見えます。
   
海女小屋まで戻った一団は、小屋の脇を通り過ぎ、その先にある漁協へと向かいました。
これから一日で一番大事な水揚げがあるのです。
大きな倉庫のような漁協の建物の中は、何種類もの海産物の水揚げで賑わっています。
もう言うまでもないですが、あたしたちは素っ裸です。漁師たちや漁協の人、どうやら一般の人もいる中に見習い海女たちはためらうことなく入っていきます。 知らない漁師の人や漁協の職員の前に全裸を晒すことに、あたしは再び緊張しますが、サダコさんの言葉を思い出して、努めて平静を装って少女たちの後に続きました。
濡れたコンクリートの床に素足の足音がぴちゃぴちゃと響き、氷の冷気が一糸まとわぬ素肌にひやりと伝わってきます。
   
大きな魚や見たこともない魚、甲殻類が並んでいる中の、キャリイケースの並ぶ一角に入り、獲物をスカリから空けていきます。
アワビの種類、大きさ、重さ、傷の有無、いろいろな項目別に選別が行われ、その日の水揚げ高が計上されてゆくのです。
あまりに小さいアワビや、傷のあるアワビはカウントされないようで、
この日、ノルマ10個を達成した子は1人だけ。もう1人の惜しかった子はやはり傷物を弾かれてしまったようで、残念な結果でした。
水揚げを達成した女の子は、「やったー!」と歓声を上げて飛び跳ね、仲良しの子と手を取り合って喜んでいました。
周囲にいた数人の漁師や漁協の女性からも拍手が起こり、少女の見習い卒業を祝福しました。
   
漁協のプレハブの事務所で報酬を受け取り、一団は小屋に戻りました。
海女小屋に帰り、小屋の外の洗い場で身体を洗います。
シャワースペースなんてものじゃなく、蛇口にホースがついているだけですが、髪や素肌のべたつく潮気を洗い流すと、生き返ったような心地がします。
さっぱりした身体で海女小屋に入り、見習い全員でささやかな反省会が行われました。各人の漁果報告と、サダコさんのアドバイス。
その中見習い卒業が決まったミサちゃんという子がカズコさん(彼女が上海女のリーダー、海女頭でした)に呼び出され、
再び上海女たちからの祝福と上海女の証である「縄ふんどし」を手渡されていました。
彼女は明日からこのふんどしを締めて上海女として活動するのです。
   
「帰りの会」のミーティングも終わり、少女たちはぽつぽつと帰り始めました。
お疲れさん、今日は終わりだとサダコさんに言われ、朝脱いだあたしの衣類を出してもらいました。
半日ぶりに下着と服を着て、ようやく解放です。
サダコさんに挨拶して、明日のことを聞き、海女小屋を出ようとしました。
      
ああ、そうそうと呼び止められ、
「明日からは、着替えは家で済ませて来ておくれ」
顔色を失うあたしに、事もなげにサダコさんは言ったのでした。
   
初めての海女漁の終わり際にサダコさんに言われ、
次の日から、全裸で海女小屋に出勤する日々が始まりました。
   
海女道具は全部海女小屋に保管してあるので、
頭に巻く手拭い一本と、昼食のお弁当包みを下げた以外は、素っ裸、素足の生まれたままの姿です。
   
毎朝、真っ裸で家を出るあたしを、義母は何ともいえない、非難がましい眼で見ます。
あたしの裸姿が破廉恥だと責めているのではなく、
網本本家の嫁が、いい年して未だに見習い裸んぼ海女だというのに耐えられない様子でした。
(実際、ふんどしも穿けない裸んぼで、うちの玄関の敷居を跨がないでくれと言われ、あたしは毎日勝手口から出入りしないとなりませんでした)
   
裸んぼ。
全裸の見習い海女に対する、この島での呼び名です。
なんて身も蓋もない呼び名なんでしょう。
   
その呼び名の通り、あたしは裸んぼです。
   
生まれたままの丸裸で、何もかも晒しながら歩いて海女小屋に向かいます。
晴れた日の海辺の道は、気持ちのいい風が吹き付けます。
歩を進める度にぷるぷると揺れるおっぱいや、むき出しのお尻、
陰毛が覆う股間までも風がくすぐっていきます。
裸足の足の裏には日に焼けた地面の熱さが焼き付け、
頭のてっぺんからつま先まで、全身真っ裸の自分自身を改めて思い知らされます。
   
素足の痛みには2日で慣れましたが、羞恥心はなかなか克服できませんでした。
家から海女小屋までは、徒歩15分くらいの道のりでしたが、
2日目、初めて一人で、家から裸で出勤した日は、物陰に隠れ、人目を避けながらこそこそ海女小屋に向かう有様でした。
   
この島の人たちにしてみれば、裸は海女の当たり前の正装なのでしょうが、
あたし(というか普通の人々)にとっては、裸はお風呂か、エッチをするときの格好なわけです。
決して人前には出さない格好なわけです。
   
人前でパンツを脱いでアソコまで見せるなんて、いやらしいイメージしかないのです。堅気の女のやることとは思えないのです。
おっぱい丸出しだけでも死ぬほど恥ずかしいのに、生まれたまんまのすっぽんぽんだなんて、
まるっきりストリッパーじゃないのと思いました。
   
昔、学生時代に、温泉旅館でアルバイトしてた頃、出入りしていたピンクさん(コンパニオン)の人たちのことを思い出し、
軽蔑していたあの人たちと同じレベルになってしまった、いや、着るもの1枚も無しなんてそれ以下だとひどく落ち込みました。
   
あたしは露出狂なんかになるためにこの島に来たんじゃない、とさえ思いました。
   
集落の中には少々の起伏があり、網元であるわが家は高台に建っていたので、
浜へ行くには坂を登り降りしないとならず、ここがあたしにとって最初の羞恥心の関門になりました。
石段を降りると、下にいる人にはあたしの裸の股間がまともに目に入ります。逆に石段を登る場合は、あたしは後ろを歩く人にお尻の穴まで見られてしまうのです。夫にも見せることのない恥ずかしい部分を。
   
海女小屋までの途中には、この島の簡易水道にもなっている共同井戸があります。
井戸の周りには洗い場があり、常に奥さん方が集って世間話をしています。
主婦たちの社交場となっている共同井戸の広場を、あたしは毎朝、素っ裸で挨拶しながら横切っていくのです。
談笑していた奥さん方も、あたしが通りかかるとぴたりと話をやめ、じろじろと無遠慮にあたしを眺めてきます。
女の裸なんて、この島じゃ珍しくもないはずなのに・・・。
   
何より恥ずかしくて苦痛なのは、皆の視線が例外なく股間に注がれることでした。
上海女の人々と裸んぼのあたしを区別しているのは、縄ふんどし一枚だけです。
それ以外は、同じように上半身はおっぱいを丸出しにしているにも拘らず、向けられる視線がまるで違うのです。
百歩譲って、上海女たちと同じトップレスというだけならまだ我慢できたかもしれません。
しかし、下半身までもむき出しの全身素っ裸というのは、本当に耐え難い程のつらさでした。
元々、あたしは下の毛が毛深くて、人には言えないコンプレックスだったのです。
それなのに、自ら丸裸になって股間をむき出しにするなんて。濃い陰毛が前の恥丘全体だけじゃなく、お尻の辺りまで生えているのも、すべて見られちゃうかと思うと、死にたくなるような恥ずかしさでした。
   
周囲の彼女らにしてみれば、あたしのアソコなんかに興味があるわけじゃなくて、
ただ、海女としてあるはずのものがないということに気を引かれているのだということが、頭では理解できるのですが、
だからといって恥ずかしさが軽くなったりはしないのです。
いい年の女が、子供みたいに丸出しで、何をしているのかと。
あたしだって恥ずかしいのです。好きでやってるわけじゃないんです。
   
見習い海女が素っ裸で、裸んぼと呼ばれるのは、おそらくわざと恥ずかしさを感じさせるように仕向けられているのだと思います。
恥ずかしかったら早く一人前になってふんどしを着けろ、というメッセージなのでしょう。
   
朝全裸で出勤したあたしは、当然ながら真っ裸で帰宅することになります。
朝と同じくらい、あるいはそれ以上につらいのは、午前中は漁に出ていた大勢の男漁師たちの前に、
無防備な全裸姿を晒すことでした。
午後になると、港の岸壁のスロープに漁から帰った漁師たちが大勢、網を広げて干したり手入れをしています。
海女小屋は漁港の向うにあり、家に帰るには岸壁を横切らないとなりません。
どうしても男漁師の目の前を通り抜けないといけないのです。
   
ポルノ映画から抜け出してきたような全裸姿のあたしが目の前を横切っても、
漁師たちは仕事の手を止めず、不自然に近寄ってきたりもしません。
でも、そこいらじゅうであたしの下世話な噂話をしており、
只でさえ声が大きいので、内緒話にもならずに聞こえてくるのです。
   
「いい揺れっぷりだな」
「ああ、かーちゃん共の胸板とはえらい違いだ」
「揉み甲斐のある乳だよな」
「素人にしては、尻もいい形してるしな」
「一人前になったら、余分な肉が取れて、もっと締まったいい尻になるだろうさ。見物だな」
「しかし、大人のオナゴの裸んぼなんて久しぶりじゃないか?」
「サダんとこのクミコがそうだった。ハタチになっても一人前になれずに、島を出てった。十何年前だ?」
「最初から大人ってのは聞いたことがないな」
「なんにしても、タダでオナゴのアソコが見放題なわけだ。眼福だな」
「いつ一人前になるかな?」
「俺は、ずっとあのまんまでいいけどな」
   
どれもこれも、夫には聞かせたくない下品な言葉です。
   
この島では海女の裸は当たり前。
心配いらないと頭では理解できているものの、
一糸まとわぬ丸裸、おっぱいも、アソコまでむき出しで歩くあたしには、
夫との操を守る術が何ひとつありません。
文字通り、飢えた狼の前の生肉のような状態です。
腕を掴んで引き留められただけで、あたしの純潔は終わります。
あたしは、野生そのものの無防備な姿なのですから。
   
そんな素っ裸の姿で1人、男漁師たちの前を横切って行くのは、恐怖以外の何物でもありませんでした。
縮こまって身体を隠し、小走りで走り過ぎたい衝動に駆られますが、もっと野次が飛んできますし、
すぐに様子が広まって、義母や周りから注意や嫌味を言われることを思うと、それもままなりません。
涙目を潤ませながら、早鐘のような胸の鼓動と火照る身体を抑えつけて、何事もないような素振りで全裸で歩を進めるしかないのです。
   
海女漁を始めて数日の間は、引率の上海女が付きっ切りで泳ぎの基礎練習に明け暮れました。
まずは頭まで水に漬かって息を止める練習から。あたしの場合は、兎にも角にも、水に慣れることが第一でした。
大人の女が、そんな小学生みたいな稽古を、しかも素っ裸で取り組んでいるのは、傍からみると滑稽だったことでしょう。
でも、必死だったのです。
   
何とか落ち着いて水に浸かれるようになると、少しずつ水を掻いて進む練習に移ります。
海女の泳ぎはバタ足でもない、平泳ぎのカエル足とも違う、脚で水をあおる様に掻く独特の泳ぎです。
まだまだ下向きに潜ることなどできないので、いかに水平方向に遠くに泳げるようになるかの練習が続きました。
昔はプールで一応泳げていたのが嘘のように息が続かず、自分にももどかしさで一杯でしたが、
「気持ちを冷静に、落ち着いて泳ぐんだ」と上海女に繰り返し言われ、我慢の練習が続きました。
   
反復練習の甲斐あってか、一息で数十メートルを進むことができるようになり、ようやく今度は、
頭から海底に「潜水」するやり方を教わり始めました。
頭を真下に沈め、海底に向かって潜ってゆくのですが、最初は恐怖心が先に立ってうまく身体が動かず、
「でんぐり返しをするつもりで回るんだ」と上海女はアドバイスをくれるのですが、
いざ回転しても鼻に水が入ったりと散々な苦労を続け、ようやく水深2mばかりの浅い海底に潜れるようになった頃には、
海女漁を始めて既に10日ほどの日々が過ぎていたのでした。
   
義母をはじめとする家族には、あたしの海女修行の進捗は、全く関心を持たれていないようでしたが、
下の家の親類・マキさんは時々海女小屋に顔を出してあたしに話しかけてくるのでした。
   
最初は監視役かと思ってあたしは警戒していたのですが、マキさんは本家の手先どころか、
裸んぼのあたしにも別に偏見を抱いていないようでした。
「あんたの場合、仕方がないじゃん」というのがその理由だそうで、
今どんな練習してて、何に苦労してるのかとか、色々ケアをしてくれるのです。
何とか潜りが格好がつくようになってきて、そろそろアワビを探してみるか、となったときには、
昔使っていたやつだと海女桶や貝金(貝を岩からはがす鉄べら)、スカリの一式をくれたのもマキさんでした。
時にはこっそりちっちゃな饅頭なんかを差し入れてくれることさえありました。
   
あたしのような厄介者にこんなに色々してもらって、マキさんはいいのだろうかと心配になりましたが、「気にすんな」との一言が帰ってきただけで、わざとらしい素振りは微塵もありません。
そもそも、親戚筋でありながら、マキさんは我が本家の網元一家を良く思ってないようで、それがあたしへの肩入れの基になっているようでした。マキさんの口からは聞かれませんでしたが。
このマイペースなマキさんの親切に、あたしはどれだけ救われたかわかりません。
   
修行を始めて半月で、ようやくアワビを獲ろうかというあたしの様子に、「ちょっと遅いね」とマキさんが心配を口にしました。
いつまでも一人前になれないと、チエさん自身の資質を問題にされるというのは勿論だが、風紀上でも良くないと。
   
『風紀って?』
「なんだかんだ、男どもは、助平だってことさ」
   
女の裸が氾濫してるこの島ではあるが、チエさんみたいな大人が裸を見せ続けるのは、そろそろ危ないと。
マキさん曰く、昔は、二十歳過ぎても全裸裸んぼ海女から脱出できない娘は、もう海女になれないばかりか、村の一員としての身分自体を取り上げられてしまっていたそうです。
   
『つまり、どういうこと?』
「それを言われてしまったら、もう、一生裸んぼ」
『えーーーっ!!』
「一日中裸、年中裸、動物とおんなじ。家からも追い出されるし、海女以外の仕事もさせてもらえないし、・・・酷い話だけど、カラダ売って生きていくしかなかったのよ、そうなった人は」
   
一体いつの時代の話なのかと呆然としました。
   
「今はさすがにね。海女になれない人は、そこまでなる前に島を出ちゃうし・・・でも昔はそうも行かないから、昭和の始めくらいまでそんな奴隷みたいな裸んぼがいたみたいね」
「チエさんは、最初から大人だから仕方がないけれど、年配の人たちの中には、いまだに大人の裸んぼには何してもいいって思っている人がいるみたいだから、気をつけてね」
   
ショックでした。
まさに、あたしの恐れていた最悪の想像通りだったのですから。
この島の男性たちは、決して聖人君子な訳ではなく、
尊敬される海女という肩書きを失った女に、人々はそれ程に冷たいのかと衝撃を受けました。
   
同時に、裸んぼという恥ずかしい格好を強いられているあたしですら、見習いの名のもとに一定の敬意が払われているということも痛感しました。
全裸で出歩いても乱暴されたりしないのは、あたしが海女の端くれだからということです。
逆に、このまま上海女になれなかったら、あたしの将来は真っ暗だということもよくわかりました。
歯を食いしばってでも、恥ずかしさに耐えて海女にならなければなりません。愛する夫の為にも。
   
毎朝、海女小屋に向かう途中で、中学3年生のチナツちゃんが合流します。
屈託のない明るい子で、あたしのようなよそ者で大人の裸んぼ仲間にもよく話しかけてくれます。
まだ膨らみかけの尖った乳房や、うっすらと股間を覆い始めている陰毛は、まだまだ成長途中を感じさせます。
彼女もまた、そんな自分の身体を一切隠しません。手拭いなんか、ぶんぶん振り回しながら歩いており、
それを見てあたしも身体を隠すのをやめたのです。
   
最初は遠巻きにして眺めている感じだった見習いの女の子たちでしたが、二日目の朝にチナツちゃんに出勤途中で出会い、
会話をするようになってからは、すぐに打ち解けることができました。
仲良くなってみると、少女たちは実に気さくで、あたしに遠慮することもなく普通の仲間のように接してくれました。
当然オバサン扱いされることもありますが、会話の輪の中にも普通に加えてもらえますし、海女練習の相談にも乗ってもらえます。
逆に、あたしに年上の女としての意見(主に恋話)や、思春期の性の悩みの話をしてくる子たちもいます。
   
「チエさん、どうやったらチエさんみたいにおっぱい大きくなるのかなぁ」
『サッちゃん幾つ?何歳? 15歳、大丈夫、もう少ししたらすぐに大きくなるよ。おばさんだって成長したの高校からなんだから』
   
こんな話をしながら、焚火を取り囲んで砂の上に座っています。
唯一の布切れである海女手ぬぐいを、裸のお尻の下に敷いて。
   
全員、生まれたまんまの素っ裸。
女同士、これ以上ない裸の付き合いです。
   
お年頃の女の子ですし、恋話や下の話をすっぽんぽんでしてるのですから、変な気持ちになるのも無理もありません。
女の子同士の触りっこは普通で、全裸のまま抱きついて、手や足を絡ませ合ってふざけています。自ら乳首や股間を弄ったり、
友達にレズプレイを仕掛けるススんだ子もいます。
そんな中ですから、あたしだけが傍観者で居られるわけもありません。いくら年長者だと云っても一糸まとわぬ丸裸、お尻の穴までさらけ出した姿なのです。どう見てもお高くまとまって居られる格好ではありません。
   
お姉さんと慕ってくれる女の子たちの手前、年上の女の余裕を見せなきゃと、あたしは体を張って少女たちの猥談の輪の中に飛び込んでいきました。
よく羨望の声をかけられるおっぱいは自分から揉ませてあげましたし、初体験の話が出たときは、皆んなの前で、大事なアソコもむき出しにして見せてあげたのです。女同士とは言え、さすがに自分で股間の茂みをご開帳するのは恥ずかしかったのですが、
少女たちは大人のアソコに興味津々に見入っていて、股を広げて自分のアソコと見比べたり(触ってくる子もいました)、男性のアレが入るとどうなのか、本当に気持ちいいのかとか質問攻めしてきたりと、とんだ性教育の時間にあたしは赤面しながらも、
なんとなく、絆ができつつあるかな、という小さな安らぎを感じていました。
   
今にして思えば、おそらく、この時の体当たりのスキンシップが、後々まであたしを苦しめる原因になったのだろうと思います。
   
見習いを始めて一ヶ月が経ったある日、ついに恐れていた日がやって来てしまいました。
あたしと2人で見習いを続けていたミノリちゃんがアワビ10個の目標をクリアして裸んぼを卒業し、全裸海女はあたし1人になってしまったのです。
      
海女小屋の掃除は裸んぼの仕事です。
朝一番に小屋にやってくると、天窓を開け、小屋の周りをシュロ箒で掃き掃除し、内外のごみ捨てをします。
前は仲間の少女たち何人かで分担してやっていた小屋掃除も、今ではあたし1人の仕事です。
別に大した仕事量ではなく、全然大変ではありません。でも日を追って女の子が1人、また一人と減っていき、最後は2人っきりになり、ついにはあたしだけが取り残されてしまうという体験は、たまらなく寂しいものでした。
   
裸んぼがあたしだけになってしまったので、監督役の上海女とマンツーマンで見習い漁をすることになります。
監督役は上海女たちが持ち回りの当番制で付き合ってくれているので、彼女らのその間の漁果は犠牲になっています。あたしが裸んぼを卒業しない限り、この儲けにならない当番が続くのです。
当然、露骨に嫌な顔をする人がいます。サダコさんのような人の良い方もいますが、あたしの運動神経の鈍さは都会から来たよそ者の年増女ということを割り引いても目に余るようで、段々と上海女たちの注意や叱責の口調が激しくなってくるのが分かるのです。
「本家の跡取りの奥さんが、そんなんじゃだめだ、情けない」
そう言って叱責されることが多々あります。
   
あたしだって、好きで「網元本家の嫁」なんかになった訳じゃないのです。
突然放り込まれたこの環境に、従おうと必死なのに。
   
上海女たちのあたしへの心象が悪くなるのと同時に、集落の中でもあたしへの陰口が段々増えてきました。
一部の上海女の人から集落の奥さん方に飛び火し、どんどん広がっていった様子。
網元の家といえども、周囲とは普通の近所付き合いをしており、あたし自身恨み妬みをかうようなことは誓って一切ありません。
態度が悪いなんて事は絶対にないという自信はあります。
   
ですが、海女の仕事は結果がすべて。
ようやくあたしも少しは獲物を獲れるようになって来たのですが、まだまだ裸んぼを脱する域には遠く、
網元の家に泥を塗っているという現実が常に圧し掛かっているのです。
   
「ホントに鈍くさい嫁さんだよ」
何を言われても、言い返せない現状が心を重くします。
   
家では毎朝、家族皆で揃って朝食をとります。
皆といっても、義父はまだ入院していますので、義母とあたしたち夫婦、住み込みの使用人の方2人の計5人で全員です。
団欒というには程遠く、家庭内の事務的なやり取り以外はほとんど会話がありません。
特に、一番の新入りであるあたしには、夫を除く全員からまだよそよそしい空気をはっきりと感じます。
   
今でも夫は週一回、あたしのことを優しく抱いてくれます。
あたしから話さない限り、夫はあたしの海女仕事について聞くことはありません。
それでも寝床の中では夫は以前と変わらず優しく、あたしをしっかり抱き締めて愛してくれるのです。
以前は夫一人のものだったあたしの身体が、今では島中の人たちに陰毛の生え具合まで知られてしまっているというのに。
しかも、人妻で裸んぼをやっているのは、後にも先にもあたしだけだというのに。
それにどれほどの忍耐が必要なのか、あたしには想像もつきません。
   
朝食が終わり、義母と一緒に後片付けを終えたあたしは、台所奥の洗濯場で着替えます。
つまり、服を脱いで裸んぼになるのです。
食事の間だけ着ていた普段着を脱いで下着になり、ブラを外します。
少し離れ気味のおっぱいがぶるんとこぼれ出します。すっかり小麦色に日焼けしたおっぱいを見ると、一ヶ月前には想像もしなかった今のあたしの境遇を実感します。
Sの字を描くように身を屈めながらパンツを引き下げ、両足首を上げて脱ぎ捨てると、あたしは一糸まとわぬすっぽんぽんになります。
   
時々、脱いだパンツに目が行くことがあります。
女の純潔を守る最後の1枚。
こんな薄くてちっちゃな布切れ一枚を、世の女性は必死に守っています。なのにあたしときたら、
こんな薄くて頼りない布切れ一枚、付けるのも許されず、それなのに、
縄と布切れでできた同じような一枚を身に付けるために、毎朝あんなに恥ずかしい思いをして、
毎日あんなにつらい潜りをやらないといけないのかと。
   
ふっと我に返り、脱いだパンツをぎゅっと手の中で握り締めると、
洗濯籠に放り込んで、素足で板の間から土間に降り立ち、海女手ぬぐいを持って出かけます。
「行ってきます」
台所からお弁当を持っていく際に、義母に挨拶していきます。聞こえない返事を尻目に、
あたしは勝手口を開けて、まるで風呂場に入っていくように、素っ裸で朝日の照らす屋外に繰り出します。
   
生まれたままの真っ裸で、潮風のそよぐ外を歩きます。
   
以前のように身体を隠したりはしません。日焼けした飴色の素肌を、全身余すことなく晒します。
歩を進める度に、おっぱいがぷるんぷるんと揺れます。放っておくと痛いし、肩こりの原因になるので、胸の下で両手を組んで、下からおっぱいを支えながら歩きます。
   
ただし、人目のない所のみ。
他人から見ると、おっぱいを強調した、いやらしいポーズに見られてしまうからです。
   
誰かの前を通ったり、すれ違ったりするときは両手を下ろし、丸裸を自らさらけ出して通り過ぎます。おっぱいやらお尻やら、あらゆる出っ張ってるところが盛大に揺れ、視線を浴びるのが恥ずかしくてなりません。
股間の毛にも痛いほどの視線を感じます。濃い目のあたしの陰毛は風に吹かれて、他人にもわかるくらいにふさふさとなびいています。
あたしはそれほど下の毛の手入れをしてません。濃い陰毛はあたしのコンプレックスなのですが、その下のアソコの形を見られてしまうのは、もっと嫌だからです。身体を何一つ隠せない以上、あたしの貞操を守り隠してくれるのはもうこの、下の茂みしかないのですから。
   
丸出し海女はもうあたし一人なのですから、どう振舞えばいいのかなんて全然わからないのです。
   
民家の軒先や小さな路地を、素っ裸であたしは行き来します。
広い島ではないので、民家は集落ごとに密集しており、抜け道のような狭い路地もたくさんあります。
ですから、近所の人たちが世間話をしているすぐ傍、それこそ手を伸ばせば触れるような近くをあたしは裸で歩いているのです。
   
当然、話の内容も筒抜けでです。あたしに対する噂話とかの。
最近では陰口というより、聞こえよがしに言われることが多くなった気がします。
   
「いつまで裸んぼを続ける気なのかしら」
「子供に負けて恥ずかしいと思わないのかねえ?」
「あんな丸出しの格好で村中練り歩いて、ありゃ絶対、自分から見せたがってるんだよ、きっと」
「海女は上達しないくせに、最近あの子、腰つきだけはいやらしくなったと思わないかい?」
「そうそう、おっぱいやお尻、ぷりぷり揺らしながら歩いて。ありゃ海女じゃない、売女の歩き方だよ」
「あれで本家の嫁だなんて、網元さんはかわいそうだよ」
   
何で、ここまで言われなくてはならないのでしょう。
   
裸んぼを卒業するためのノルマは、アワビ10個と決まっています。
しかし、アワビでもあまりに小さな個体は無効とされたりすることもあります。
その他の貝、例えばアワビによく似たトコブシは、2個でアワビ1個分、サザエも2個で1個。その他の獲物は市場に出せるものであれば、3個でアワビ1個分に置き換えることができます。
   
実際、アワビが一番捕るのが難しいのです。
あたしが初めて獲った獲物も、アワビだ!とヌカ喜びさせられた、トコブシでしたから。
アワビはより深い海底の、岩の下に貼り付いており、トコブシなどより頑強に岩にこびりついています。海底の岩を探り、裏返し、貝金で見つけたアワビを剥がし取る、この作業を一息で済ますのはとても大変で、最初は全く息が続きませんでした。
めぼしいアワビを見つけると目印をつけ、何度かに分けて潜るという工夫を教えてもらったので、あたしにも少しづつアワビの漁獲が上がってきましたが、まだまだ「外れ」と呼ばれるアワビ以外の貝の漁果の割合のほうが上なのです。
   
アワビ以外の簡単に獲れる貝を沢山獲って漁獲量を稼げばいい、と思いがちですが、いくらアワビより容易に獲れる獲物といっても倍以上というのは無理です。すべての獲物が売り物になるわけではないのですから。
   
ある日、一日の漁が終わって、漁果を漁協に水揚げし、小屋に帰ってきたあたしを上海女たちが待ち構えていました。
「チエさん、あんた、アコヤ貝を獲ってただろう。そうだろう?」
『アコヤ貝?』
最初はピンと来ませんでしたが、なんだか聞いたことのある名前です。
そう言えば、と徐々に思い出しました。なんだか平べったい貝が獲れ、見たことがなかったので漁協に持っていくと、アコヤ貝だと言われたのです。売り物にになるのか聞くと、身は固くて食べられないが、貝柱は食用だとのこと。3個一の1つとして引き取ってもらったのでした。
「アコヤ貝を揚げたら、真珠が入ってるかもしれないからね」
言われてみると、アコヤ貝が真珠貝、真珠養殖の為の貝なんだというのを聞いたことがあります。
「悪いけど、身体検査をさせてもらうよ。海女組合のためだ」
   
十数人の上海女が見守る前へ、全裸のあたしは引き出されました。
生まれたままの丸裸のあたしに、身体検査なんて、どこを調べるというのでしょう。糸くず一本すら、隠せやしないというのに。
   
「まず、口からね」
口を大きく開けさせられ、舌の裏、唇の裏側まで指を入れて調べられました。次いで耳の中、耳たぶの裏、髪の毛の中もまさぐられました。
バンザイをさせられ、わきの下も点検。おっぱいを掴んで持ち上げられ、下乳の隙間まで検査されたのです。
「よし、次は下だ」
『した?』
   
「そこにお尻をついて座って。体育座りだ」
有無を言わさぬ指示に、立てた膝でアソコを隠しながら、あたしは板の間に体育座りで腰を下ろしました。
お尻の素肌に感じる床板のひやりとした感触が心細さを倍増させます。
   
「そのまま、脚を左右に開いて」
『ええ!?』
「股を大きく開いて、こっちに見せるんだ」
『でも・・・それは・・・』
   
「あんた、子供の前では、自分からおっぴろげてたじゃないか」
恥ずかしさで一気に顔が赤くなりました。
知られちゃってる!
以前のスキンシップの光景を見られていたのか、少女たちの誰かが言ったのか、わかりませんでしたが、
瞬時に胸が苦しくなるのを感じました。
   
「別にオトコ呼んで乱暴しようってんじゃないんだ。あたしらだけしか見ないから、早くしな」
   
あたしは唇を噛んで、必死で閉じ合わせていた膝を、ゆっくり広げていきました。
股間に射るような視線を感じます。
余りの恥ずかしさで動きが鈍り、一度脚を止めたあたしに「もっと」の声が飛び、
太股を震わせながら、あたしは90度以上に脚を拡げ、股間を皆に晒しました。
親にも見せたことのないあられもない姿です。
   
しかし、さらに容赦のない一声が。
「あんた、毛が濃くてよく見えないから、自分で拡げて見せな」
   
信じられません。まるで売春婦に呼びかけてるようです。
あたしは目をぎゅっとつぶり、股間に手を伸ばして、陰毛を掻き分け、指でアソコを開いて見せました。
すかさず、1人が懐中電灯を持ってあたしの股間を照らし、中を覗き込みました。
閉じた目に涙がにじみました。
「よし、異常なし」
許されると同時に、あたしは急いで膝を閉じ合わせ、背中を丸めてうずくまりました。
嗚咽がこみ上げます。
   
しかし、まだ終わりじゃありませんでした。
「次、うしろ」
『うしろ!?』
   
反射的に顔を上げたあたしに、
「四つん這いになって、お尻をこっちに向けるんだ」
『・・・』
   
つまり、お尻の穴まで見られるってことです。
『・・・無理です』
「力ずくでやられたいのかい?」
   
従うしかありませんでした。
あたしはゆっくり身を起こすと、膝立ちになって後ろ向きになり、両手両足をつき、上海女たちにお尻を向けて四つん這いになりました。
再び、お尻に懐中電灯が押し付けられ、
「ケツに肉付き過ぎだよ」
お尻の谷間を押し広げられ、奥まで覗き込まれました。
衆人環視の中、真っ裸で四つん這いになり、アソコばかりかお尻の穴まで覗かれる。
まるで動物です。
涙があふれて、板の間にしたたり落ちます。
よっしゃOKだ、とお尻を叩かれて解放され、あたしは板の間に崩れ落ち、うずくまって泣き伏しました。
「アコヤ貝が揚がったら、これから毎回検査だからね。覚えときな」
   
家に帰っても、この恥ずかしい身体検査のことを、夫には言えませんでした。
夫の前では笑顔を作り、嫌な思い出は忘れようと努めて、やり過ごそうとしていたのです。このときは。
   
「チエさん、昔、アナウンサーだったそうじゃないか」
役場に行ってきたらしいマキさんから急にそんな話を振られ、あたしは困惑しました。
『そんな大層なもんじゃないです。選挙カーのウグイス嬢です。前勤めてた会社で頼まれて』
取引先に市会議員の後援会があって、動員されたことがあり、その時手伝いでマイクで喋ったことがあったのです。
というか大体、どこでそんなことを聞いて来たのでしょう?
「ちょっとタケヨさんと一緒に、観光協会の案内の仕事やってもらいたいんだがね」
   
タケヨさんとは観光協会でガイドをやっている方で、この島の名勝景勝を観光客(居るのですね)に案内する仕事をしています。本来はもう1人の方とペアでガイドをしているそうですが、その方が急病で入院することになり、ピンチヒッターが必要だという話になってたのをマキさんが聞きつけ、勝手にあたしを推薦してきたそうなのです。
   
なんであたしなのかと困ったのですが、元々喋るのは嫌いではありませんし、最近は海女漁、家庭生活共に行き詰まっている感がしていたので、気分転換の意味も込めて引き受けてみたのです。
   
当日朝、観光協会で顔合わせしたタケヨさんは、この島では珍しく都会的でスラッとした方で、雑誌のモデルさんのような颯爽とした雰囲気が感じられました。
聞けば、数年前まで東京でスポーツブランドの広報をやっていたとのこと。しかしこれでも若い頃には海女修行を体験しており、上海女の資格は持っているそうです。
自己紹介したタケヨさんは実に良い笑顔で微笑み、
「よろしく。いい声だね」
声を褒められたのなんて初めてだったので、戸惑いながらも少し嬉しく思いました。
   
そのまま簡単に打ち合わせに入ります。
仕事内容としては、漁協に集まった観光客を引率し、島内の観光名勝を案内して回り、最後は海女の実演を見せるそうです。
観光名勝といってもそう多くなく、天正年間から建っているという伝説の神社とか、樹齢数百年の大クス、鶴が羽を広げてるように見える奇岩、海の水が流れ込んで、魔物の吼え声のように聞こえる洞窟など数えるほどで、小さな島ですから、1時間ちょっとあれば回れてしまうのです。
   
観光説明についての軽いレクチャーの後、早速漁協前に赴くと、そこにはもう十数人の観光客の人々が集まっていました。
観光客の方は、2組ほど夫婦らしいカップルがいる以外は、全て男性客でした。
つまり「それ」目的だということです。無理もありません。
この島の「海女」の実演ということは、ふんどし一丁のあの格好なのですから。
   
「こちらは今日一緒に皆さんのご案内をさせていただく、チエさんです。ご覧の通り、美人で、スタイル抜群だし、うらやましいですねえ~。でも皆さん、残念なことに、彼女は半年前に結婚されたばかりのほやほやの新婚さんです~」
まるでバスガイドのような流暢さと気安さで紹介され、あたしは緊張しながら自己紹介を済ませました。
簡素な観光パンフレットを全員に配り、あたしたちも控えを手元に持って、出発です。
   
観光客たちを引率しながら島を歩いて周り、史跡や名勝を案内します。
由来や伝説についてタケヨさんがメインで喋り、その後であたしが補足説明を入れるという形を基本にしてガイドは進みました。
正直、あたし自身も初めて見る景勝地ばかりです。この島に来てまだ1ヶ月少々なのですから。
控えのパンフレットに自分でもメモしながら、勉強になるなあとあたしは呑気にも思っていました。
   
最後の海女実演の場として向かった場所は、普段漁をしている磯とは全く関係ない、護岸がされている海辺でした。海女小屋を小さくしたような板張りの小屋があり、休憩用のベンチが並んでいます。ドラム缶で作ったような炉があり、バーベキューもできるようです。ちょっとした海の家の趣きでした。
   
ただ、肝心の実演を見せる海女さんが誰もいません。
   
訝しむあたしを前に、
「さあ皆さん、これからお待ちかねの海女実演を始めます! 準備の間、少々お待ち下さい」
   
タケヨさんはいきなりその場でポロシャツを脱ぎ、上半身ブラ姿になりました。
驚いたあたしは、
   
『タ、タケヨさん、海女実演って、あたしたちが自分でやるんですか?』
「そうよ。早く」
こともなげに返され、あたしは小声で必死に訴えました。
   
『あ、あたし、まだ見習いなんです。・・・裸んぼなんですっ!』
「ええ? そうなの?!」
あきれたようにタケヨさんはあたしを見つめて、
「・・・まあ、減るもんじゃなし、いいんじゃない? やっちゃえ!」
   
あたしに構わずに、タケヨさんはブラジャーを外し、お椀型のおっぱいを出しました。そのままチノパンを脱ぎ下ろすと、タケヨさんは中に上海女のふんどしを着けていて、たちまちのうちにスマートでしなやかな海女さんに早変わりしました。お客さんにとってもお馴染みのようで、小さく拍手があった以外は、行儀の悪い振る舞いもありません。
   
次はあたしの番です。お客さん十数人の視線が集中する中、半袖のブラウスを脱ぎました。上半身ブラ1枚になり、背中に手を回そうとしたところで、あたしはしばらく躊躇っていました。
この仕事も海女漁の仕事のうちに入るのか? ここでも裸んぼじゃないとダメなのか? タケヨさんもふんどし姿なんだから、あたしもふんどしか、せめてパンツ一枚くらい穿いたままでもいいんじゃないだろうか・・・
   
そんなあたしの迷いを見透かしたように、タケヨさんはお客さんに語りかけるのです。
「皆さん、この島の海女の間では、その年最初の漁に出る海女は、全身丸裸、すっぽんぽんのオールヌードで海に入り、身を清めて大漁を祈るという慣わしがあるんです」
おおーっという感嘆の声が沸きます。
「そして、実は、ここにいるチエさん、彼女はまさに今日が今年最初の海女漁なんです」
   
顔から火が出そうでした。
観光客の目の前で、全裸になれと言われたのです。
   
勿論あたしは今年初めての漁なんかじゃありません。
漁始めに海女が全裸でみそぎをする行事は本当にあると聞いていますが、元旦の夜のことです。
裸んぼであるあたしに対するタケヨさんなりの気遣いなんだろうと(さすがに、部外者に裸んぼの存在をばらす訳にはいきません)理解はできましたが、真っ裸になる理由を繕ったところでやることは同じです。どうせなら、海女実演を勘弁してもらったほうがよかったのに。
   
それでも、上海女であるタケヨさんの言葉には逆らえません。
脱衣を再開し、背中のブラホックに伸ばした手が震えました。日頃は裸んぼとして集落内を全裸で往来していますが、全く知らない観光客の前で服を脱いだことはありません。
   
ハーフカップのブラジャーを胸を揺らして脱ぎ落としました。おっぱいが露わになった瞬間、お客さんたちの中から溜息のような声が上がり、あたしは思わず胸を隠しかけましたが、ぐっと思い直して腰のベルトを外し、スラックスを引き下げました。
履いていたサンダルも脱ぎながらスラックスを足から抜き、薄いブルーのパンツ1枚の姿になって、あたしはもう一度 タケヨさんに視線をやりました。
しかし、目が合ったタケヨさんからは、『早く』というような催促の目配せしか返ってきません。予想通りの反応に、あたしは小さくため息をついて、最後の下着に手をかけました。
   
パンツをお尻から引き下げ、前かがみになりながら一気にふくらはぎまで脱ぎ下ろします。
上半身で股間を隠しながら、バランスを崩さないよう、気をつけてパンツの輪から片方ずつ足を抜きました。汗ばんだ肌で紐のように丸まってしまったパンツを指先で広げて直します。
   
全裸になったあたしは、足元の脱いだものをひとまとめに拾い集めました。
その際、全く予想外だったので、普段頭に被るドーマンセーマン(海女手ぬぐい)すら持ってきていないのに気付きました。
とりあえず水中で乱れないよう、肩まである髪を後ろで縛って強引にまとめます。
   
できる限りの準備を終えたあたしは、腹をくくって観光客の前に向き直りました。むき出しの胸を張り、全裸の体を見せつけるように堂々と晒します。
息をする度に上下に揺れるおっぱいや、むき出しのアソコの上にふさふさと生えた陰毛、全てが丸見えです。
   
さらに今日は、いつも身に付けている手ぬぐいさえありません。決して体を隠すものではないとはいえ、今のあたしはまさに生まれたままの姿。
気を付けをするように体に添わせた左の掌の、指輪の固い感触を太腿に感じます。思えば、この薬指の結婚指輪だけが、今のあたしが身に付けているものの全てなのです。
   
指輪のことを考えた時、思わず夫のことが一瞬脳裏に浮かび、
緊張と背徳心が合わさってアソコが焼けるように熱くなります。
   
夫のいる身で、大勢の人前で、丸裸で、濡れてしまっています。
あたしは、変態なのかもしれません。
   
「はい、ご苦労様。チエさんきれい、まるでミロのビーナスみたい、ほんと」
タケヨさんのねぎらう声さえ切なくて、太股が震えます。
脱いだ服や下着はタケヨさんが小屋にしまい、代わりに実演用の海女桶を手渡されました。
   
「では、行ってきまーす!」
観光客たちが見守る中、あたしたちは護岸の裏の石段を下って、海に入っていきました。
一度も入ったことのない海、見たことのない漁場で、不安のあまりタケヨさんに後ろから囁きかけました。
『あたし、まだ半人前なんで、ちゃんと獲物捕って来れるかどうか・・・』
「大丈夫、大丈夫」
   
海に漬かり、潜ってすぐに、あたしは、なるほどと納得しました。
岩棚の下、潜ると上からは見えないところに、アワビやウニや伊勢海老の入った網袋がゆらゆら揺れています。いわゆる生け簀です。こうやって仕込んで置くことで、失敗しない海女実演ができるわけです。さすが観光海女と感心しました。
   
これなら確かにあたしでも大丈夫です。
潜った後、もっともらしい間を置きながら、用意してある獲物を取ってくればいいのですから。
時々、空手で上がってくるのも大事なポイントのようです。
   
数十分の実演ショーを演じた後、タケヨさんとあたしは胸に獲物の入った海女桶を抱え、海から上がりました。
堤防の上から観光客たちの拍手を浴びます。
   
海から上がったあたしたちは、獲ってきた海の幸を目の前でお客さんに振る舞います。
あたしはその場でウニの殻を開け、採れたてを食べてもらいます。その間にタケヨさんが火をおこして、エビやアワビを浜焼きにするのです。
   
言うまでもなく、その間もあたしは全裸のままです。
一糸まとわぬ姿で立て膝にひざまずき、太股を閉じ合わせて股間の茂みを隠します。背後や横から覗かれたり悪戯されるのを防ぐため、あたしはわざと堤防の隅で海を背にして陣取りましたが、隠しようのないおっぱいやむき出しの腰、お尻の曲線に無遠慮な視線を痛いほど感じます。
真っ裸の姿を見下されながら、殻を開けた生ウニを次々に配り続けました。
   
殻割りウニはあっという間になくなり、手の空いたあたしはタケヨさんの浜焼きを手伝う為立ち上がりました。
改めて生まれたままの素っ裸を大勢の前にさらけ出します。太股で隠していた股間が露わになり、黒い陰毛に視線が突き刺さるのがはっきりと分かります。
   
すっぽんぽんの姿を隠しもせず、タケヨさんの元に移動します。おっぱいが上下に揺れ、裸のお尻が緊張で引き締まります。むき出しの陰毛が潮風にそよぎ、まだ濡れている素足の裏がぺたぺたと足音を立てます。
糸くず一本すら身に着けず、冗談のように無防備な全裸姿です。たかだか10数メートルの距離を歩くのに、あれほどの舐めるような視線を浴びたことはありませんでした。
   
浜焼きは要はバーベキューで、大きなドラム缶を半分に切った炉に炭火をおこし、串に刺したエビやアワビ、サザエなどを豪快に焼いています。
あたしはタケヨさんの隣に並び、指示を受けて炉の1つを引き受けながら、タケヨさんが下準備した食材を炭火に刺したり網に並べてどんどん焼いていきました。
   
二人の海女が炉の後ろに並んで海女料理を振る舞います。
タケヨさんの姿もふんどし一丁のトップレス、形の良いお椀型のおっぱいがむき出しで、正式な上海女の格好とは言え、普通に見たら十分刺激的な出で立ちです。
しかしその隣のあたしときたら、一糸まとわぬ完全な素っ裸、おっぱいはおろか股間も隠さず、髪も覆わず、履物さえ履いていない、まるでお風呂にでも入るような雰囲気で、その姿は他人から見ると、破廉恥を通り越してシュールに思えたかもしれません。
   
「こんなに活きのいいアワビは初めてだ」
1人の声にお客さん達がどっと笑い、あたしは恥ずかしさに身を硬くしました。
   
あたしだって下ネタくらいわかります。
今のは網の上で焼けているアワビのことじゃなく、丸出しになったあたしのアソコのことです。
   
海産物を焼く網はちょうど太腿くらいの高さなので、お客さんは海の幸そっちのけであたしの股間かおっぱいを凝視しているのが煙越しにわかります。
素っ裸で海の幸を焼いたり取り分けたりすると、前屈みになったおっぱいが揺れます。遠くの網のサザエを取るときは、どうしても脚を開いて身を伸ばさないとならず、むき出しの股間がさらに無防備になります。それこそ、アソコに風を感じるくらいに。
あたしは下の毛が濃いのが悩みなのですが、網一枚隔てただけのこんなに間近から、しかも両手もふさがって隠しもできない状態では、陰毛の奥からアソコの割れ目が見えてしまいそうで不安でたまりませんでした。
   
初対面の人たちにアソコまで見られてからかわれたなんて、恥ずかし過ぎて夫に顔向けできません。
   
十数人の熱い視線を浴びながらも、努めて羞恥心を見せずに目の前のサービスに集中します。
あっけらかんと振る舞っていれば、たとえ全裸でも色気を感じさせないはずだと、自分に言い聞かせながら。
炭火の熱で素肌が汗ばみ、吹き出た汗が胸の谷間からおへそを伝って流れ、股間の茂みがしっとりしてきます。
でも、アソコが湿ってくるのは、必ずしも汗のせいだけではないのです。
   
炭火と夏の陽光、それと羞恥心で丸裸の素肌を火照らせながら、あたしはひたすら浜焼きを振る舞っていました。
   
視線はいやらしいですが、お客さんのマナーが良いのにも救われました。
少々の下ネタはあっても、直接卑わいな言葉をかけられたり、体を触られたりはありませんでした。
完全にすっぽんぽんのあたしは、万一押し倒されてしまったとしても、何もできないのです。
おそらくタケヨさんの話術と所作でお客さんをコントロールしていたのでしょう。これほどの恥ずかしい状況下で何も起こらないというのは、あたしには奇跡に思えました。
   
浜焼きの食材もなくなり、タケヨさんが最後の締めの挨拶を始めました。2人でお客さんの前に並び、感謝の気持ちを述べてお辞儀すると、観客から拍手が起こりました。
   
そして最後に漁協へと帰るお客さんたちをお見送りしておしまいです。
やっと解放される、と安堵したあたしは、次の瞬間ぎょっとしました。
タケヨさんがお客さんの手をとり、両手で握手しながら、その手を自分のおっぱいに押し当てたのです。
過激なタケヨさんのサービスに、風俗じゃあるまいし、と衝撃を受けましたが、あたしの前にも数秒後にはお客さんが来ます。
   
考えている暇はありません。
   
あたしは彼女の真似をして、お客さんの手をぎゅっと握り、自らおっぱいに強く押しつけました。
自ら積極的にやることで、せめておっぱい以外は触られないようにと思ったのです。
むき出しのお尻や、特にアソコを触られるのだけは絶対に阻止しないとなりません。
押し当てた両手の中でおっぱいをまさぐられますが、おっぱいだけで済むのならと耐え続けました。
何せあたしは、素っ裸なのです。
中には握手した後、明らかにあたしの下半身を狙って手に力を入れてくる人もいましたが、必死でその手をおっぱいに誘導します。そんな人相手にはやむを得ず、おっぱいの谷間で手を挟んであげるということまでしてみせたのです。
とにかく、おっぱい以外は守ろうと必死でした。
   
すべてのお客さんが帰ると、あたしは緊張の糸が切れたようにその場にしゃがみ込みました。
まだ胸がドキドキしています。アソコが焼けるように熱くて、足に力が入りません。
そんなあたしの肩をポンポンと叩いて、明るくタケヨさんは言いました。
「お疲れ様。小屋で体洗って、帰ろうか」
   
色んな意味で衝撃的だった観光海女体験の翌日、裸んぼ漁を終えて帰途についたあたしを漁協の前で呼ぶ声がありました。
「・・・チエさん、チエさん!」
振り向くとタケヨさんでした。全裸でお弁当袋を下げただけのあたしを見て、本当に裸んぼなんだねと歩み寄って来ます。
   
「チエさん、昨日はありがとう。すっごい評判だよ。あの美人で巨乳の海女さんは次いつ来るんだって問い合わせがジャンジャン入ってる」
『そんな、困ります! あれはあくまでピンチヒッターで・・・』
「わかってる。あたしも、あんたがまだ裸んぼだって知らなかったし。ストリップじゃないんだし、変な客が来ても困るしね」
タケヨさんのおっぱい目当てで来ているお客さんは、変な客じゃないのでしょうか? まあ、いいですけど。
   
「でも本当に助かったよ。説明もすごく良かったし、実演でも、浜焼きでもよく動いて手伝ってくれて。格好はあれだったけど・・・ねえ。」
苦笑いするタケヨさん。下ネタと視線に耐えながら裸で活動した記憶が蘇り、恥ずかしさで身がすくみました。
   
「ちゃんと上海女になったら、観光海女、改めてどう? 身体は楽だし、観光協会のパート扱いで収入も安定してるよ」
『でも、お触りがあるのは・・・』
「最後のあれ? あれは、あたしのサービス。減るもんでもないし。別にやらなくてもよかったんだよ。・・・でもチエさん、凄かったけど」
あたしのいわゆる・・・パイズリまがいの行為をしっかり見られていて、あたしは真っ赤になりました。
   
『すいません、やっぱり今回だけにしてもらえませんか?』
「そう、残念ねえ。きっとあんたなら人気者になれるのに」
   
夏の日差しが容赦なく照りつける中、あたしの裸んぼ海女修行の日々は続きました。
ようやく、最高記録でアワビ8個(外れ獲物の置換え含む)の水揚げを上げる位には上達しましたが、どうしても卒業目標である10個に手が届きません。
   
本日の漁果も、アワビ2個、トコブシ7個。
今日もダメだった。
くたくたになって海女小屋に帰ってきたあたしに、カズコさんの声がかかりました。
明日は午後から役場で婦人科検診があるから、海女漁はお昼までだと。
   
婦人科検診?
『それって、あたしも参加ですか?』
「25歳以上は全員参加だよ」
正直、あたしが気にしてるのは、そんなことじゃありません。
    
『皆さんは、時間とか服装とか、どうやって行かれるんですか?』
「あたしらは、漁が終わったらこのまま行く。手っ取り早いしな」
『あたしは、やっぱりこの格好でですか?』
むき出しの身体に目を落としながら訴えるあたし。
「裸んぼだからねえ」
婦人科検診を受ける齢の海女が未だに裸んぼというのは想定外だったようで、カズコさんは思案していましたが、
「・・・まあ、海女漁とは関係ないし、検診の時は下着穿いててもいいよ」
    
翌朝、お弁当の包みの底にパンツを忍ばせて出掛けたあたしは、
漁の後、海女小屋の隅でこっそりとパンツを身に着け、上海女の後を目立たないように付いて婦人科検診に向かいました。
役場までの道のりを、海女としては初めて服を着て歩きます。といってもパンツ一丁なのですが。
    
役場周辺は島内で最も栄えている地区なので、それなりの人通りがあります。
そんな中でも上海女たちはふんどし一丁のトップレスで堂々と闊歩します。すれ違う人たちも何の違和感もなく通り過ぎます。当たり前の光景だと受け入れられているのです。
    
その上海女たちの後につき、紛れるように歩くあたし。
伝統の縄ふんどし一丁の上海女たちに混じって、一人だけ下着という生活感のある姿です。
あたし自身としては当然素っ裸よりは安心でしたが、通りの店のショーウィンドーに映る自分の姿を見て、想像以上に目立っているのに気付いて動揺しました。
    
半年前から使っている白いパンツは今のあたしのお尻には少し小さ過ぎ、お尻の丸みが強調されているばかりか、お尻の谷間まで判る程に素肌にぴっちりと貼りついています。前も同様で、かろうじて透けてはいないものの、股間の土手がふっくら盛り上がっているのが浮き出ています。
なるべく地味なものをと飾り気のない白いパンツを選んできたのですが、裸と変わらない程に身体のラインが浮き出ていて、しかも日焼けした肌と白いパンツとの色の対比は強烈で、思っていた以上にエッチな姿です。黒絣が大半の縄ふんどしに交じると、逆に目立って仕方がありませんでした。
でもアソコを隠せるのはありがたいし、お尻丸出しの縄ふんどしよりは露出度が低いと、自分に言い聞かせながら歩いていました。
    
婦人科検診は役場の会議室を借り切って行われていました。
担当は老齢の男のお医者さんと、40代くらいの女医さんの二人です。初めに簡単な説明があり、検査内容は乳癌用の乳房の触診と、子宮内検診。出張検診なのでマンモグラフィーの機械は無いようでした。
驚いたのは、会場内に衝立とかの仕切りが一切なく、検査台が全部丸見えなことでした。もちろん外には見えないようカーテンは引かれていますが、部屋の中での目隠しは一切ありません。もっとも海女たちが、そんなことを気にするとも思えないのですが。
    
初めに乳がん検診があり、椅子に座って、お爺ちゃん婦人科医を相手に乳房の触診を受けます。海女たちは全員上半身裸なのですから、何の勿体ぶることもなく、自らおっぱいを突き出して老医師の指にによる触診を受け入れていました。
老医師は飄々とした風貌とは裏腹に遠慮なく海女たちのおっぱいを揉みしだいて触診し、時々気になる点について問診して、このしこりは良性ののう胞だとか、ちょっと気になるから必ず後でマンモを受けに行けだとか、テキパキと診断を下していきます。
    
すぐにあたしの番が回ってきて、小さな丸椅子に座り、胸を張って老医師の前におっぱいを突き出します。老医師の節くれだった指の力は思ったより強くて、かなり激しめにおっぱいをいろんな角度から揉みしだきます。普段から、お風呂で自分で触ってチェックはしているので心配してなかったものの、触診が長いのでちょっと不安に思えたのですが、
「んー、異常なし。元気なおっぱいだ」 太鼓判を押され、心からほっと息をつきました。
    
後は子宮検査です。
当然ですが、この検査では縄ふんどしを脱がないとなりません。上海女たちも、みんな全裸になるわけです。
先輩海女たちは、順番が来ると縄ふんどしを外して脱衣カゴに投げ込み、たくましい全裸のお尻を晒しながら診察台に上がりました。仰向けに寝そべり、膝を立てて股間を大きく開きます。もちろん配慮なのでしょうが、大開脚で診察中のアソコが待ってるあたしたちには見えない台の向きになっていました。
ご開帳されたアソコに器具を差し込んで、細胞片を採取します。これを細胞診というそうです。
この検査は、さすがに女医さんが担当でした。別に関係ないのでしょうが、真っ裸でアソコの中を調べられる検査なのですから、女性の医師というだけで安心感が違いました。
    
診察が終わると、海女たちはお礼を言って診察台から降りました。一糸まとわぬ全裸です。常に真っ裸のあたしと違い、上海女は海女小屋でも絶対ふんどしを脱がないので、あたしが上海女の素っ裸を見るのは初めてでした。
ほんの短い間ですが、上海女たちの下半身が露わになります。剛毛の人からとても薄毛の人まで、さまざまなアソコの茂みが目に入ります。別に恥ずかしがるでもなく堂々としていますが、やはり見せ付けるような素振りはなく、終わったらちゃっちゃと縄ふんどしを身に付け、各々会場を後にしていきます。
    
いよいよあたしの番になりました。
台の前に歩み出ると、白いパンツに手をかけ、ゆっくり引き下ろします。身を屈めて足首から脱いだパンツを脱衣カゴに入れ、あたしは全裸になって診察台の上に上がりました。
素っ裸で台の上に仰向けになり、膝を立てて脚を左右に大きく拡げられます。
つまり、正上位と同じ姿です。
アソコは見えないにせよ、周囲に目隠しが何もないので、エッチのときと同じ無防備な姿を皆に見られてしまうわけです。
金属製のくちばしの様な膣鏡をアソコに差し込まれ、中でぐいっと開かれ、思わず声が漏れそうになるのをぐっと抑えました。
そのまま広げられたアソコの中に綿棒を入れられ、ぐるりと中を一回り擦られ、組織を採集されました。
そしてさらに、ゴム手袋をはめた女医さんの指がアソコに差し込まれ、アソコの中とお腹の上から子宮を押さえられて大きさを測られました。
細胞診の結果は後日通知だそうです。女医さんの仕事は丁寧で、痛みこそ感じなかったものの、アソコに道具や指を入れられた時の違和感はどうしても拭えませんでした。
    
すべての診察が終わり、脱衣カゴのところに戻ったあたしは、カゴの中を見てショックを受けました。
脱いであったパンツが見当たらないのです。
真っ裸のまましばらく周囲を探し回りましたが見つからず、恥ずかしさをこらえて会場に残っていた上海女たちに訊いてみました。
    
『すみません。あたしの・・・パンツ、見当たらないんです。知りませんか?』
「あんた、裸で来たんじゃなかったのかい?」
『違います。ちゃんとカズコさんに許可を取って』
「そのまんまで帰ればいいじゃない。別に何にも減るもんじゃないし」
『でも・・・あれがないと・・・』
真っ裸のまま帰らないとなりません。いつもの倍以上の道のり、島の中心街の人通りの多い通りを、生まれたままのすっぽんぽんで。
    
「なんだい、キレイな可愛いパンツを、見せびらかして歩きたいのかい?」
『そ、そんなわけじゃ・・・』
「いつもと同じじゃないか。何が困るんだね?」
    
それはそうですが、ここはいつもの海女小屋じゃありません。人口2000人ちょっとの小さな島ですが、小屋から離れたこの地区じゃ、あたしが大人の裸んぼだってことを知らない人がいるかもしれません。恥ずかしさが、恐怖に近い感じで襲ってきました。
まだ穿いていたパンツの跡が残っているむき出しの股間が心細くて切なくて、無意識に太股が擦り合わされてしまいます。
    
その後も会議室中を探し回りましたが、パンツは見つかりません。縄ふんどしとパンツは間違えようがないので、誰かがワザと持って行ってしまったとしか思えませんでしたが、それを口に出す訳にもいかず、
それ以上取り付くしまのない上海女たちを前に、諦めるしかありませんでした。
    
がっくりと気落ちしたあたしは、一糸まとわぬ姿のまま、会議室を後にしました。
    
結局、こうなってしまうのか。
    
ぺたぺたと裸足で階段を下り、出口に向かいます。
廊下の角から出てきた女子職員らしい人が、はっとした表情であたしを凝視しますが、恥ずかしさをこらえ、軽く会釈だけして行き過ぎます。
    
重たいガラス戸を押して、役場から出たあたし。
屋外の風が吹き抜け、あたしの全身をくすぐります。
    
おっぱいも、お尻も、股間までむき出しにした丸裸。しかも素足。穿いていたパンツすらなくしてしまい、生まれたままのけもの同然の姿で通りを歩きます。
歩を進める度に、おっぱいが大きく揺れます。1時間前まで薄いパンツに守られていた股間には、もう何の覆うものもありません。股間を風が吹き抜け、陰毛が風にそよぐのを感じます。緊張と羞恥で熱くなるアソコを、風が無理矢理冷やしてゆくのです。
    
小さな頼りないパンツ一枚とはいえ、折角許しを得て服を着ていられたのに、そのパンツまで取り上げられるなんてあんまりだと悲しくなりました。あたしはパンツさえ穿くのも許されないのかと。
    
しかも、今のあたしは、一人ぼっちです。
行き道では大勢の上海女たちに紛れていましたが、大半の上海女は先に帰ってしまい、あたしは一人きりで帰り道を歩いています。よく知らない余所の集落の中を、一糸まとわぬ素っ裸、手ぶらの上に裸足という、これ以上ない程のむき出しの姿で。
恥ずかしさでおかしくなってしまいそうでした。海女集落の中ならたとえ裸んぼでも海女にはちょっかいは出されないし、あたしも感覚の麻痺と諦めの境地から裸でいるのに抵抗はなくなっていました。
でもここは知らない地区です。海女集落の習わしは通じないでしょう。あたしはここでは、ただのすっぽんぽんの変態女なのです。
    
行きでも目にしたショーウィンドーに、今度はお尻も陰毛も晒した素っ裸の情けない姿が映っています。横向きに映ったあたしの裸は、張り出した横乳が揺れているのも、下腹部の恥丘に陰毛がこんもりと盛り上がっている様子まで、離れていてもくっきりと映し出されています。
    
店内の人と目が合ってしまい、慌ててその場を離れるあたし。
パンツ一枚とはいえ、行きでは服を着ていられた安心感からのギャップもあり、
余計に全裸で帰るみじめさが身に沁みました。
もし、行き道で上海女たちに混じったパンツ姿のあたしの事を覚えている人がいたら、帰りではそのパンツまで脱いだ真っ裸で歩いているあたしを見てどう思うことでしょう。さぞ、とんでもない露出狂だと思われてしまうんじゃないでしょうか。
    
また、陰口が広まってしまう。
でっかいおっぱいを揺らし、いやらしいお尻を振り、恥ずかしい毛を風になびかせて歩いていたと。
    
泣きたくなりました。
でも、取り乱せば余計に惨めになるだけです。
トラックに追い抜かれ、排ガス臭い風にむき出しの全身をなぶられます。
道の向こう側の通行人が明らかにあたしに注目していますが、
何事も無いような素振りで歩き続けるのです。
    
恥ずかしさで身を震わせながら歩くあたしの前に、信じられない光景が現れました。
目の前の辻角から、親子連れの集団が現れたのです。
まだ幼い子供たちの手を引く母親たちが4組、談笑しながら歩いていました。
    
目を見開いて驚愕しながら隣の建物を振り仰ぎ、そこが保育園であることを理解しました。
おしゃべりをしていた母親たちの視界にあたしが入った瞬間、彼女らの会話はぴたりと止まりました。
    
どうやら海女集落近くの人ではないらしく、何人かの子供はあたしの裸を見ながら、母親の袖を引っ張って何か話しかけています。
母親たちはわが子を引き寄せながら、あたしのことを何とも言えない不審そうな目で見ています。
血の気が引いたあたしは動きが止まり、躊躇しましたが、そのまま堂々と歩み続ける他にできることはありません。
    
親子の一団は子供たちの手を引いて道の向こう側に寄り、あたしに道を空ける格好になりました。
距離のとり方に明らかな不審と軽蔑を感じます。
    
あたしは誰ともなしに会釈し、足早に行き過ぎようとしました。
    
その時、親子連れの中から女の子が1人、ちょこちょこと歩み出て、あたしの目に前に寄って来ました。
「・・・?」 ピンク色の服を着た無垢な女の子は、不思議そうな目であたしを見上げます。
「・・・こんにちは」
無言の空気に堪えられず、あたしは自分から挨拶しました。
    
次の瞬間、女の子は、何か遊具でも触るように、あたしの太股に触れてきたのです。
    
「!!」
ちょうど太股の付け根、陰毛の生え際辺りを手で触れられ、
思わずあたしは息を呑んで身をすくませました。
    
「だめっ、ミカちゃん! こっちおいで!!」
ほとんど同時に母親がミカちゃんを抱きかかえ、集団に連れ戻しました。
    
一瞬硬直したあたしは、すぐに我に返り、頭を下げて小走りにその場を後にしました。
見ず知らずの人に全裸の身体を触られた。
たとえ子供であれ、形はどうであれ、あたしは激しく混乱しました。
    
親子たちが何を言っているのかまでは聞き取れませんでしたが、子供と母親たちの印象に残ってしまったことは間違いありません。
子供に無邪気に聞かれたら、母親たちは何と答えるのでしょう。その母親の目に、あたしはどう映ったのでしょうか。
裸んぼの存在を知らないのなら、さぞ、いやらしい女だと思われていることでしょう。
    
そう、何の言い訳もごまかしもできない、素っ裸の裸んぼなのです、あたしは。
生まれたままの丸裸の姿を隠しもせず、通行人の視線に耐えて海女小屋までの道のりを急ぎます。
いつもの集落までの距離が、あたしには永遠に感じられました。
    
夏の暑いある日、時化で海女漁が休漁になったあたしは、お手伝いさんと家のものを買い出しに地区に一軒しかない雑貨屋に来ていました。
そこで上海女の先輩であるミサエさんに出くわし、
「チエさん、ちょっと話があるから来てくれないかい」
呼び出しをかけられ、戸惑いながらも、買い物をお手伝いさんに託して彼女に従いました。
    
向かった先は海女小屋より手前の、漁港のすぐ向こう側の浜辺で、そこには私服姿の上海女たちが5人、待ち受けていました。
漁の日でもないのに、こんな人目につく所で何の話だろうと一瞬思いましたが、彼女らの顔色を見て、すぐに内容の見当はつきました。
    
あたしは、このときになっても、未だに上海女になれていなかったのです。
    
先輩海女たちの苛立ちが強くなってくるのは感じていたのですが、例え悪口はいくら言われようと、これまでは決してあたしに対して手を上げる人はいませんでした。
認めたくありませんでしたが、あたしの心のどこかにきっと、甘えの考えがあったのだと思います。
    
上海女たちの前に立ったあたしに、ミサエさんが問いかけました。
「あんた、海女を始めてどれくらい経つ?」
『2ヶ月です』
「その割には、一向に痩せないねえ」
『・・・』
    
そうなのです。
この島に来て、海女を始めてから、あたしの身体は一回り大きくなりました。
正直、あたし自身、泳ぐのだから痩せるだろうと思っていたのですが、
海女漁をしていると疲れる上、この島の食事は都会より格段に良い(何たって山海の天然食材中心、オーガニックです)ですし、
規則正しい生活で睡眠も十分取れているので、まるで十代の頃に戻ったように身体が成長するのを感じられます。
その一方、仕事をするのが冷たい海の中なので、脂肪がなかなか落ちません。
スリムになれるどころか、スカートやパンツはお尻や太ももがきつくて合わなくなってしまいましたし、
胸なんか以前より4センチも大きくなり、今ではFカップのブラがきついほどで、服を着ていても胸に他人の視線が集まってしまうのがわかります。
    
恥ずかしい話ですが、所謂「男好きのする身体」になってきたことを感じます。
裸のあたしに向けられる男の人の視線が、日に日に卑猥になってくるのですから。
そして、それは女の人たちにも感じられるのです。
    
「全然上達しないのに、乳や尻ばっかり大きくなって」
「海女の仕事は遊びじゃないんだよ、分かってんのかい?」
「ちゃんと日々反省してんの?裸に慣れたからそれでいいってもんじゃないよ?」
「ウチらの旦那衆どもに愛嬌振りまいて、味方に付けようって、性根が汚いんだよ」
「ったく、こんな子のどこがいいんだか、どいつもこいつも男って奴は・・・」
    
悪口雑言に唖然としながら、
あたしは、ん?と思いました。
自覚が足りないとか言われていますが、主に非難されているのはあたしの容姿に関することばかりなのです。
最後のほうなどはどう聞いても言いがかりです。ただの嫉妬じゃないですか。
    
あまりの展開に呆然としていたあたしに、
「あんた、本当に反省してんのかい?」
言って、ミサエさんは、いきなりTシャツごとおっぱいを鷲掴みにしてきました。
ひゃあっと悲鳴をあげて振りほどきましたが、
「変な声上げてんじゃないよ」
罵声と共に背後から羽交い締めにされて、無理矢理バンザイさせられました。
    
「あんたのどこがいけないのか、身体検査して確かめてやるよっ」
Tシャツの裾に手がかかったかと思うと、あっという間に下からシャツをにめくり上げられ、脱がされてしまったのです。露わになったブラジャーも掴まれ、強引にむしり取られました。おっぱいがこぼれ出し、上半身裸にされたあたしは泣き声を上げましたが、そのまま仰向けに引き倒され、3人がかりでデニムパンツを引っぱり、脚から引き抜かれました。
最後に残ったパンツにも手をかけられ、一気にお尻からずり下ろされます。アソコをむき出しにされ、あたしは泣き叫んで身体をよじり、必死に抵抗しましたが、皆の手は容赦なく、とうとうパンツまで剥ぎ取られてしまったのです。
    
「ほうら、いつものカッコだよ! お似合いだろ!」
    
白昼堂々、あたしは素っ裸に剥かれてしまいました。
    
全裸姿で両手両脚を抑え込まれ、隠すこともできない生まれたままの身体が丸出しにされ、大勢の視線に晒されます。
嗚咽し、身をよじる度揺れるおっぱいや、腋の下、陰毛に覆われた股間、あたしの恥ずかしいところ全てに好奇と軽蔑の視線が突き刺さります。
    
あたしの前に仁王立ちしたミサエさんが毒づきます。
「全く、どうしようもない恥知らずなカラダだねぇ」
言って、足を伸ばして、サンダル履きの爪先であたしのへその下、茂みの上辺りの下腹部を小突きました。
『ひっ』 大して痛くはありませんでしたが、あたしは喉の奥から悲鳴を漏らしました。
そこは、女の一番脆いところなのですから。
    
「ふふん」 あたしの怯える姿を鼻で笑い、ミサエさんはずいとあたしに身を寄せると、あたしの胸をわし掴みにしました。
むき出しになったおっぱいが両手で掴まれ、激しく揉みしだかれます。
「でかくていやらしい乳だねえ、潜れないわけだよ」
口汚い罵声とは裏腹に、乳房を揉む手の動きはとっても繊細で、巧みに乳首を刺激したり、揉む強さを変えたりと目まぐるしく動きます。
認めたくありませんが、上手なのです。
感じちゃったら思うつぼだと、あたしは唇を噛んで、身体の奥底から湧き上がってくる快感に必死に耐えました。
我慢しても、お腹が波打ってしまうのがわかります。
    
「乳が張ってきたよ。どこまで頑張れるかねえ?」
脚を広げな、とミサエさんが合図し、数人がかりで太股を無理矢理押し広げられました。
カエルのように両脚を開かされ、濃い目の毛に覆われたアソコが、丸出しにされてしまいました。
「ほらほら、やっぱりこんなに濡らして。とんでもない雌犬だ」
ミサエさんの指が、ぬるりとあたしのアソコに入ってきました。
悔しいけれど、おっぱいへの愛撫だけで、あたしのアソコはとろとろに濡れていたのです。何回か指を抜き差しするだけで、あたしの股間は水音を立て始めました。
ミサエさんはあたしのアソコを指で攻めながら、おっぱいを口に含んで舐めしゃぶり、乳首を巧みに舌先で転がして愛撫してきました。あたしは顔を背けて唇を噛み、ひたすら耐え続けました。
    
でも、その我慢も限界でした。
ミサエさんが濡れた指先でアソコを掻き分け、一番敏感な突起をつまんだ瞬間、あたしの理性は飛んでしまいました。
子宮が破裂したように感じ、胎内に渦巻いていた熱いものが噴出しました。
恥ずかしいほどの大声で、あたしは叫んでいました。
    
わけがわからなくなりました。
上半身を押さえる上海女たちを振りほどく勢いで身もだえし、開いた両脚で虚空を蹴り、砂地を掘り返しました。
あたしの股間からは、自分でも信じられないほどの量の液体があふれ出し、
「この女、小便漏らしやがった!」
そんな声も聞こえましたが、全く自分を抑えることが出来ませんでした。
ただひたすら快感に溺れ、おっぱいを揺らし、腰を振りながら、股間から欲望を垂れ流し続けました。
何も考えることができませんでした。
まさにそのとき、あたしは「雌犬」そのものになっていました。
    
気がつくと、あたしは一人砂浜に放置されていました。
仰向けで、一糸まとわぬ全裸で、身体じゅう汗と砂にまみれ、下半身は汗とは違う液体でべとべとに濡れていました。
どれくらいそうしていたのかわかりませんが、陽が西に傾いてきた頃、あたしはようやく重い身体を起こし、海女小屋にふらふらとたどり着くと、洗い場で汚れた全身を洗いました。
脱がされた衣服や下着は結局見つからず、あたしは出漁日でもないのに、素っ裸のまま帰路につきました。
    
上海女たちに暴行された翌日、あたしはとうとう、海女漁を休んでしまいました。
表向きは体調不良ということにして。
夫にも義母にも、あれこれと訊かれたり咎められたりしましたが、どうしても事実を言う気になれませんでした。
    
午後に心配したマキさんが早速訪ねてきました。
恥ずかしい話ですが、マキさんの顔を見た途端、我慢していたものがこみ上げて、マキさんに寄りかかって泣いてしまいました。
そして、誰にも言えなかったあの出来事を彼女に打ち明けたのです。
    
マキさんはあたしの話しを聞き、それは気の毒だったねと慰めてくれましたが、
一方でどうしようもない事態になっていることも教えてくれました。
    
ほぼ集落じゅうに知れ渡っているらしいのでした。
悪夢のような話でしたが、どうやら、かなりの大勢の人が、あたしの無様な痴態を目撃したようなのです。
    
しかも、あたしは、とんでもない色気違いということにされていました。
態度が反抗的なあたしに海女たちがお仕置きしたら、自分から腰を振り、潮を吹いてよがり始めたと。
    
ひどい、何ですかそれと思わず抗議しましたが、マキさんに当たったところでどうしようもありません。
可哀想だが、逃げ隠れしたところで噂話は消えやしないよ。今まで通り、あんたにできることをやり続けるしか解決法はないね。
家の中での噂話の件は、あたしがなんとか繕ってあげるからと。
マキさんはそう言い、明日からまた海女漁に出るようにと言うのでした。
    
それから数日後、毎朝通る共同井戸の屋根の柱に、
無造作に下着が引っ掛けられているのを見つけ、顔から火が出るような思いになりました。
見覚えのあるレースの模様、紛れもないあたしのパンツです。
大勢の前で女の最後の一枚までむしり取られ、全裸にされた屈辱の記憶が蘇りました。
    
流石に衆人環視の中下着を取り戻す訳にもいかず、夜更けに家人の目を盗んで抜け出し、懐中電灯の灯りを頼りにパンツを回収しました。
取り戻してはみたものの、誰が何をしたかもわからないパンツをこれまで通り使う気になれず、その夜のうちに捨ててしまったのですが。
    
集落の人たちのあたしを見る目も、さらに悪化しました。
以前は網元本家の立場抜きで仲良くさせてもらっていた数人のご近所さんや、贔屓にしている酒屋さんや雑貨屋さんの奥さんも、もうまともに口をきいてくれません。
    
あたしが何をしたというのでしょう。
衆人環視の中でブラもパンツも剥ぎ取られて丸裸にされ、無理矢理イかされるという目にあったあたしは、被害者じゃないのでしょうか。
    
あまりに理不尽で不条理な成り行きに、あたしはどうしたら良いのか全く分かりませんでした。
    
もうこの集落の中には、マキさんしか頼れそうな人がいません。
人目を避けてマキさんに会い、目頭を熱くしながら悩みを打ち明けたのです。
    
「あたしが言うのもなんだけど、チエさん、あんた、相当まずいよ。わかってる?」
『あたし、精一杯努力はしてますけど、もともと泳ぎは苦手だし、どうしたらいいのか・・・』
海女として未熟なのは事実だから、我慢して受け入れるけれど、なんで容姿のことばかりここまで非難されるのか? 売女どころか、あたしは今でも恥ずかしくて堪らないのに。
    
「あんたにも落ち度はあると思うよ」
『ど・・・どこがですか?!』
「あんたの為を思って言うけども、チエさん、あんた時々、普通に動いてるだけで、もの凄く色っぺえ雰囲気が出てるんだ。褒め言葉じゃないぜ」
『どういうこと?』
「はっきり言っちまうと、いやらしい匂いが出てる」
一瞬、何のことかわかりませんでしたが、思い当たる節に気づいた時、顔面から火が出るかと思いました。
    
緊張のあまり、股間が濡れてしまうことがあるのです。
いや、正直に言います。緊張のためだけじゃありません。今でも時々、裸で出歩くことに罪悪感を感じ、夫の顔が思い出されて、申し訳ないという罪の意識に襲われるのです。
ああ、それだけじゃありません。男性のそばを通る時には、もしこの人たちに襲われたら、あたしは確実に操を失う。あたしには守る術がない、なんて妄想することすらあります。
いつの間にか下半身が熱くなり、汗じゃないもので下の毛が湿っているのに気づいたりします。
    
全裸の女が、アソコを濡らしているのですから、バレない筈がないのです。
    
「あんたのこと、ふしだらだと言う気はないがね。女って、そういうの、嫌いだぜ」
    
たとえ夫を愛していようと、他人の男の人に襲われて犯される妄想をする女は、どう考えてもふしだらでしょう。
あたしは心では、夫を裏切ってしまっているのです。
    
『・・・どうしたら、いいんですか』
「意識しすぎなんだよ。雑念が多すぎる」
あんたが旦那のことを想ってるのは判ったから、恥ずかしさも捨てて、申し訳ないという気持ちも捨てて、態度一本で示すしかない、とマキさんは発破をかけるのです。
    
しかし次の一言は、発破というにはあまりにもショックでした。
「このままじゃあんた、無理矢理離婚させられちゃうよ」
『ええーっ?』
「上海女のハルコ、知ってるだろう?」
『面識はありますけど』
「タカシとあの子は、子供の頃だけど、一時、許婚の縁談が来てたことがあるんだよ。その時は家柄が釣り合わないとか何とかで破談になって、タカシは結局、家を継がずに島を出て行ったんだけど、連れて帰って来た嫁というのが海女に向かないあんただろう? 本家筋で、この際ハルコを家に入れて、後妻にすべきだって話が出てんのよ」
『あたしは、どうなるんですか!』
「そんなこと考えちゃいないよ、誰も」
『ハルコさんはその気なんですか?』
「あの子ん家はもともと縁談に前向きだったし、ハルコ自身、タカシを好いてたのよ」
    
あたしたち夫婦そっちのけで、なんて話してるんでしょう。
そもそも、なんて身勝手なんでしょう。あたしがこんなに辛い目をしてるのは、一体何のためなのでしょうか。
    
マキさんのアドバイスで、観光協会のタケヨさんにも会って悩みを相談してみることにしました。
出戻りのタケヨさんなら、あんたの気持ちがわかるかも知んねえと意見され、藁にもすがる思いだったのです。
    
マキさんが教えてくれたのには、タケヨさんは高校を卒業して東京の大学に行き(頭が良かったので、夏休みに勉強せず見習い裸んぼをしながらも楽々進学できたそうです)、東京でやり手のキャリアウーマンとしてバリバリ働いていたのが、離婚を機にこの島に戻ってきたそうです。子無し、バツイチの、36歳の元広報レディ。
ここだけの話だけどな、とマキさんが言うには、タケヨさんは都会での若い頃はすごいオンナだったらしく、固い仕事以外の経験も並外れて豊富で、離婚して出戻ってきたのもそれが原因らしいよ、とのこと。
『何が凄かったんですか?』
「そりゃあ、あたしの口からは言えないよ」
    
観光海女でのタケヨさんを思い出し、何となく理解しながら彼女に会いに行きました。
    
「海女たちって、みんな、まだ女のアレも始まらないうちから裸んぼの練習を始めるからね。だから、裸には抵抗ないんだよね。ガキだもん。一丁前の女になる頃には、海女としても仕上がってるってわけよね」
さばけた処がなんだかマキさんに性格もそっくりな気がするタケヨさんは、あたしの何がいけないのか、なんて子供じみた質問に、彼女独特の言い回しで解説を始めました。
    
「あんたみたいな齢だと、やっぱり、キツイねぇ。恥ずかしいって気持ちが染み付いちゃってる。立ち振る舞いから伝わるのよ。男って単純だからさ、あんたがそんな素振りを見せるだけで、興奮できるんだよ。
それに、もう大人の身体じゃないか。あんたは意識してなくても、・・・ほら、あれ、何とかモンってのがにじみ出てるのよ」
『女性ホルモンですか?』
「それなのかな、あれだよ、お色気成分ってやつ」
    
・・・(フェロモンってこと?)
    
『そんなにあたし、色気振りまいてますか?』
「あんた、美人だもん。おっぱいは大きいし、お尻もピチピチだし。あんたみたいな美人が真っ裸で歩いてるだなんて、そりゃあ女神様みたいなもんだよ。手出し無用の海女でなきゃ、誰もほっときゃしないよ、ほんと。島中の海女たちが、あんたに嫉妬してるんだから」
    
『島中の海女って。・・・あたしは、どうするべきなんですか?』
「一日も早く一人前の海女になることね。それが一番さ。腕前を見せてやれば、妙なやっかみなんかすぐ収まるよ」
    
結局、言われたことはマキさんと一緒でした。
    
親身に相談に乗ってくれた2人の意見が一致したのですから、それが真実なのでしょう。
釈然としない気持ちが残りますが、何とか心を切り替えようと考えました。
    
一方でタケヨさんは、こうも言って励まし?てくれたのです。
    
「逆に考えるとさ、あんた、上海女にさえなれりゃ、どの海女たちにも何一つ負けちゃいないんだよ。あんたの女っぷりはこの島一なんだ、本当だよ。もっと自分に自信を持とうよ」
タケヨさんらしい「そっち」方向の激励に、戸惑いとちょっぴりの照れ臭さを感じながら礼を言って、観光協会を辞しました。
    
色気違い色きちがいと人のことをよく言いますが、そもそも色気とは何なのでしょう。
自分に色気があるなんて、これまで考えたことがなかったし、夫からのお世辞でも聞いたことはありません。
オンナがハダカでいたら色っぽいのですか? なら、ふんどし一丁の上海女には何で欲情しないのですか。
ふんどし一枚でそんなに違うものなんですか?
    
あたしはなぜか、家にあった「家族計画読本」なる医学書を開いて(この時点でオカシイですが)、フェロモンについて調べたりしました。
医学の本を読むと、そもそもあたし自身の裸んぼの姿に原因がある(当たり前ですが)ことがよく分かりました。
    
最大の原因は、やっぱり、あたしのコンプレックスでもある股間の陰毛です。
元来、陰毛というのは、アソコを刺激から守るのと同時に、汗や体臭を発散させる役目があるのだそうです。その際、様々な匂いがミックスされて、それがオスを誘引する成分、すなわちフェロモンとして発散されるのです。
つまり、陰毛が濃いあたしは、他人よりいやらしい匂いを多く発散しているっていうことです。よく言う「毛が濃い女は情も濃い」っていう噂は、生理学の面からも正しいらしいのです。
いくら平常心を保って歩いていても、普通に汗はかきます。それすらもがいやらしいメスの匂いとして変換され、おっぱいもお尻も、アソコすらも隠さない素っ裸のあたしには防ぎようもないまま、恥ずかしい股間の茂みから周りにまき散らされているのです。
    
泣きたいほどに恥ずかしい気持ちとは裏腹に、羞恥心から緊張すればするほど、あたしの身体は淫らな匂いを周囲に垂れ流してしまうのです。すっぽんぽんの裸んぼとして活動する以上、どうしようもないジレンマ。
子供のうちに裸んぼを終えるというのは、ちゃんと理にかなっているということなのです。なんて皮肉なんでしょう。
    
剃っちゃえばいい? いや、それはできません。
夫のある身で、アソコをつるつるにしてさらけ出すなんて・・・
    
・・・もう、無理です。
こんな恥ずかしい姿にされて、どうやって平然と生活しろと?
素っ裸で平気で行動できるほうが、よっぽどいやらしくておかしい気違い女じゃないですか。
    
この頃のあたしは、諦めの境地というか、少しおかしくなりかけていました。
海岸でレズレイプ同然の乱暴をされて以来、あたしに対するセクハラ行為はどんどん過激になっていく一方でした。
本来真珠の着服防止だった性器検査が、ほぼ毎回のように行われ、あたしは毎日仕事終わりに全裸のまま上海女たちの前で股を開き、アソコと肛門を開いて晒し続けました。
それも、当初は中を懐中電灯で照らすだけだったのが、しまいには実際に指を入れてアソコの中をまさぐられるようになってしまったのです(巧妙なことに、性器検査は海女頭のカズコさんのいないところで行われていたのです)。
もちろん最初は拒絶しましたが、あの浜辺の一件の恐怖心が蘇り、結局受け入れるしかありませんでした。
    
中に指を入れられる時、痛いと訴えたあたしに、
「そんなに痛いなら、次から自分で濡らして来な。薬でも道具でも使ってさ」
    
濡れてもいないアソコに強引に指を入れられる痛みへの自衛本能から、あたしはとうとう、自ら触ってアソコを濡らして検査を受け入れるようになってしまいました。
後から冷静に考えれば、島にも薬局ぐらいあるのですから、ベビーオイルを使えばよかったのだと思います。
しかしそのときのあたしは、そんなまともな考えすら思いつかなかったのです。
    
海女漁が終わって体を洗った後、あたしはこっそりと洗い場でおっぱいとアソコを刺激して自ら慰め、アソコを湿らせて検査に臨んだのです。
    
ぬるりと潤んだあたしのアソコから女の匂いを嗅ぎ、
「この子、自分で汁出してきたよ!」
上海女たちに露骨に軽蔑されましたが、痛みで悲鳴を上げるよりマシだと思いました。
    
一度、時間が無くて潤いが足りず、アソコの中を爪で引っ掻かれそうになったときは、懇願して場を外し、小屋の隅に行って自ら弄って濡らしたこともあります。
横向きになって立て膝にしゃがみ、おっぱいとアソコを隠しながら、声も上げずに手早く事務的に自慰をしました。
形はどうあれ衆人環視の中でのオナニーには違いなく、つくづくふしだらな女だと思います。
戻ってきたとき、その場で大股開きでやりゃいいじゃないかと野次られましたが、それだけはと断ります。
生まれたままの素っ裸で開脚し、糸を引くアソコをむき出しにして見せつけながら、あたしは壊れる寸前のところで踏みとどまっていたのです。
    
裸んぼという名の全裸生活は2ヶ月半を迎えようとしていました。
    
おっぱいどころか、あそこの割れ目やお尻の穴まで他人に見られました。性器検査との名のもと、人前でオナニーまでしました。およそ女が裸でする恥ずかしい行為は、ほとんどやり尽くしました。
あと残っていることといえば、もう、人前でエッチすることだけです。
それだけは絶対に嫌でしたが、一方でいつそうなってもおかしくない空気というか、覚悟というか、諦めのようなものを感じていました。
もし誰かとここでセックスしろと言われても、あたしには拒否権がないのです。
常識で考えたらそんなこと言われる訳がありませんが、あたしへの仕打ちが海女としての成長を促す為のものなんかじゃなく、ただの嫉妬や私怨だとしたら・・・。
    
そんなあたしの不安を裏付けるような出来事が、とうとう起こってしまったのです。
    
ある日、朝の海女漁の後の昼食を終えて、思い思いの休憩をとっていた上海女たちが、
何人かで集まり、浜辺で相撲を取り始めました。
厳密に土俵があるわけでもない、相手を倒したら決着という他愛のない相撲でした。
実際お遊びなのでしょう、上海女たちは歓声を上げながら、胸を押したり、足を取ったりして倒し倒されしています。
    
あたしは一人ぼっちで、素っ裸で浜の離れたところに座り、ぼーっと彼女たちの相撲を眺めていました。
そのうち、一団の中に、以前マキさんの噂話に出たハルコさんがいるのを見つけたのです。
    
ほぼ同じようなタイミングで、上海女たちも所在無さげなあたしの姿を目ざとく見つけ、
声をかけてきたのです。
    
「チエさん、こっち来て、あたしと一番取らないかい」
ハルコさんでした。
口調こそ問い掛けですが、上海女の言葉には逆らえません。拒否権はないのです。
    
あたしは立ち上がり、恐る恐る進み出ましたが、ふと上海女たちの姿に歩みを止め、裸の腰に手をやりました。
一糸まとわぬ全裸のあたしの身体には、ふんどしや廻しのような手がかりがありません。相撲なんかどうやって取るのでしょう。
それに気づいたのか、ハルコさんが言い放ちました。
「いいから来な。胸相撲だ」
    
浜辺の砂の上でハルコさんと向き合いました。
あたしより背が高く、手足も長くて筋肉質なハルコさん。はっきり言って、強そうです。
あたしの目の前でハルコさんは、股を開いて腰を落とし、脚を高々と上げて、四股を踏んで見せました。
明らかに挑発されています。
周囲から野次が飛びます。 「あんたは、やらないのかい」
冗談じゃありません! 全部見えてしまいます!
必死で首を振って拒否し、開脚で腰を下ろした(蹲踞というのですね)ハルコさんに対し、あたしは立て膝を組んでひざまづきました。
    
胸相撲だから、手は使わないようにと言われ、あたしたち2人は後ろ手に手を組みました。
上海女の1人が行司を買って出、掛け声をかけました。
「はっけよい、のこった!」
    
立ち上がった瞬間、上背のあるハルコさんに一撃ではじき飛ばされ、あたしはなすすべもなく砂の上に転がりました。
あられも無い姿で投げ出され、たちまち全身が砂まみれになります。
    
「まだまだ!」ハルコさんから言い放たれ、次第に悔しさがこみ上げてきたあたしは、何とか起き上がって彼女に立ち向かいました。
再び仕切り直し、思い切ってハルコさんに身体をぶつけてゆきます。
    
ばちぃんと音をたてて胸同士がぶつかり合い、衝撃であたしは息が詰まりました。すかさず押し込んでくるハルコさんに対して必死で上体を支えて踏み留まります。
ハルコさんは上から圧し掛かるように、ぐりぐりと胸板を押し付けてきます。おっぱいが変形して、奇妙な生き物のように形を変えながら脇からはみ出しています。
    
「このスケベなおっぱいで、あたしのタカシをモノにしたのかい。泥棒猫」
耳元で憎々しげに囁かれ、あたしは思わずきっとハルコさんを見据えました。
しかし、ハルコさんは何とも言えないふてぶてしい表情。
    
これが実は罠でした。
    
囁きにあたしが気を取られた隙をついて股間に手を差し込まれ、下の毛をむんずと掴まれた感触がし、
えっ、やだっと思わず身をすくませたその瞬間、
アソコに焼けるような痛みが走りました。
声にならない叫びをあげて、あたしは股間を抑えてうずくまりました。
    
力任せに陰毛を引きむしられたのです!
痛みと恥ずかしさで涙があふれました。
    
子供のように股間を押さえ、うずくまって泣くあたしに、
「みじめだねえ。オマンコ丸出しにして、男の気引いてしがみついたって、この島にはもうアンタの居場所はないよ」
    
痛みと屈辱に震えながら彼女を見上げるあたしの前で、勝ち誇るハルコさんは決定的な一言を放ったのです。
    
「安心しな、タカシはあたしが幸せにしてやるよ。大奥さんも承知なんだ、あたしのほうが、あんたなんかより本家の嫁にふさわしいのさ」
    
その言葉に、あたしの自制心はぷつーんと切れてしまいました。
    
何を叫んだのか、自分でも覚えていませんが、ふざけんなとか何か叫び出しながらあたしは我を忘れて、ハルコさんに飛び掛かりました。
頭と肩で、もろに彼女の胸板に体当たりし、ハルコさんはまともに後方に倒れ、後頭部を打ち付けて悶絶しました。
頭に血が上ったあたしは、横たわったハルコさんのお腹に飛び乗り、両足で踏みつけました。ゲッと苦痛の声を上げ、彼女は口からものを吐いて動かなくなりました。
    
気絶した彼女の脚を大きく開かせ、身体を折り曲げて、赤ん坊がおむつを換えるときのような格好、いわゆるまんぐり返しにし、あたしはハルコさんのふんどしを引き剥がしました。
彼女のアソコを丸出しにしたあたしは、彼女にあたしがやられたように、薄めの陰毛を鷲掴みにすると、一気に引きむしったのです。
気を失っていたハルコさんが我に返ってものすごい悲鳴を上げましたが、あたしは体重をかけて圧し掛かり、
『くそーっ、何だってのよ、この島じゃ、上海女だったら、ヒトの旦那に、ちょっかい出しても、いいってのか、この!』
ぶちぶちと音を立てながら、彼女の下の毛を引っこ抜きまくりました。
    
もちろん周りが黙っている訳もなく、すぐにあたしは上海女たちに袋叩きにされて引き離され、海女や漁師たち数人がかりで拘束されて家に連れ帰られました。出てきた義母にすごい剣幕で罵倒され、そのまま離れにある使っていない網小屋に放り込まれて鍵をかけられ、監禁されたのです。
感情が昂ぶって我を忘れていたあたしは何の痛みも感じず、義母の怒りも少しも怖いと思いませんでしたが、生まれたままの姿で埃っぽい板の間に横たわっているうちに、徐々に全身の鈍い痛みと、自分のした行動のことが実感されてきました。
    
もう、これでおしまいなんだな。
ぼんやりとした頭でそう思いました。もう夫とは一緒に居られないでしょうし、島から追い出されるのか、それともここでずっと家畜のように閉じ込められたままなのか、わかりませんが、
網元本家の嫁としてのあたしは、もう死んだことになったのです。間違いなく。
    
その証拠に、本家の人は誰もこの網小屋に寄り付きません。
素っ裸で連れ帰られ、網小屋に押し込められたあたしの元には、夫が着物を、マキさんがおにぎりを差し入れてくれただけでした。
夫自身も自分では来ず、マキさんが着物や下着を預かっただけでした。着物はとても有り難かったのですが、こんな事になったのに自分自身が現れない夫に、妻としては悲しみが湧きました。
    
人いない隙にこっそり来てるんだ、長居はできないよ、と言いながら、
今ではこの島で最もあたしを気にかけて世話を焼いてくれる存在であるマキさんから、
浜での喧嘩の後始末のことを聞きました。
    
ハルコさんの怪我自体は別に大事ない、だが彼女自身より、周りが興奮して盛り上がっているとのことでした。
「ハルコのふんどしを剥ぎ取って、裸にしただろう。あれはまずかった」
上海女にとって、ふんどしを脱がされるというのは何にも勝る屈辱であり、ましてや裸んぼに裸に剥かれるというのは言語道断な辱めなのだそうです。
「警察沙汰になってもいいから、必ずあんたをめちゃくちゃにしてやる、男を使って犯させるなんて、物騒なこと言ってる連中もいるんだ、ここで閉じ込められてたって安心とは言えない、気を付けるんだよ」
それを聞いたときは、まさかと思っていたのですが。
    
それから3日ほど経ったある夜のことでした。
すっかり夜も更け、静まり返った網小屋の表に、何やら幾つもの足音と、ドヤドヤと殺到する人の気配がしたのです。
そして、絶対開く筈のない、網小屋の玄関の鍵がガチャガチャ・・・と音を立てたかと思うと、扉が開け放たれ、何人もの人が網小屋に入り込んできました。
    
「おい、いねえぞ。何でだ!」男の人の押し殺した怒声が聞こえます。
「冗談じゃないよ、いないわけがあるもんか! 逃げられやしないんだから」
    
愕然としました。上海女のアツコさんの声だったのです。
確かに彼女は、ハルコさんの親友で、あの時の輪の中にもいました。
まさか本当にマキさんの言う通りになるとは。本当に手引きして、男の人連れて乱暴に来るなんて。
「探せ!屋根裏に隠れてんのかも知れねぇ」 ギシギシと梯子を上り、屋根裏で道具をひっくり返している音が響いてきました。
    
あたしは実は、このとき、偶然見つけた床下の穴倉に隠れ、上から網とゴザをかぶって震えていたのです。
表で足音が聞こえた瞬間、あたしはとっさに床板をめくって、この穴倉に潜り込みました。監禁されて2日目に偶然見つけた、何のためかはぜんぜん分からない穴倉(後でそっと聞きましたが、夫も知りませんでした。多分畑の作物を保存する「芋穴」じゃないかといいます)でしたが、マキさんの話を聞いた後、いざというときは隠れられるよう、小細工の用意をしながら準備していたのです。
心臓が早鐘のように打ち、涙を浮かべながら、早くあきらめて出て行ってほしいと必死で祈りました。
小屋の中の道具をひっくり返したり投げつけたり、床板が踏み荒らされてきしむ音が響き、足音から床下の穴に気づく人がいないか、あるいは初めからこの穴のことを知ってる人がいないか・・・生きた心地がしませんでした。
    
10分ぐらい家捜しが続いたころ、急にメリメリという音がし、男の人の悲鳴が聞こえました。
「痛え! ・・・くそったれ!」
「馬鹿、声がでけぇ!」
どうやら、誰かが床板を踏み抜いたようでした。
「どうもないか」
「板が刺さりやがった。ボロ家が!」
「歩けるか」
どうやら、怪我をしたようです。
「しょうがねえ、ずらかるぞ」
「とんだ無駄足だ」
「アツコ! てめえ、いい加減なこと言いやがって!」
「なにさ、知らないわよ! あたしは聞いた通りに来たんだ」
小声で悪態をつきながら、侵入者たちは引き上げました。ご丁寧に再び玄関を施錠して。
足音が遠くなった後も、恐怖で1時間近く穴から出られませんでした。
    
ショックで気が遠くなりそうでした。
ここにあんな侵入者が来るってことは、アツコさんの捨てゼリフ通り、誰か本家の人が手引きしてるっていうことです。
つまり、周り全部が敵ってことです。
    
裸電球の明かりの下で、割れた床板部分を探しました。
生々しい血痕が玄関へと点々と続いています。
本家の人が「ぐる」だとしたら、彼らは何回でもやって来るでしょう。
悪くすると、明日の晩も。そのまた次の晩も。
今晩は助かりましたが、明日以降、隠れおおせるとは思えません。
割れた木片をつかみあげ、その鋭い先端を見つめました。
夫にも助けを呼べない。
もし、明日もあの人たちが来たなら、いっそこれで。
涙がぽろぽろこぼれ、あたしは木切れを胸に抱いて声を殺して泣き伏しました。
    
翌日の朝、義母が網小屋にやってきました。これまで一度も様子見にすら来なかった義母が。
とはいえ表戸の鍵は開けてもらえず、扉をドンドン叩いて呼び出され、戸板越しに質問されただけなのですが。
    
「チエさん、あんた、夕べ変な物音聞かなかったかい?」
『いいえ、全然』
「全然って、あんな大きな物音を? あんた、本当にここにいたのかい?」
『勿論ですよ、どこにも、出られやしませんもの』
「そうかい」
    
果たして、義母があのことを知っているのかどうかは分かりません。
仮に知っていたとしても、あたしの言葉を嘘だろう、と否定するわけはありません。
そんなことをしたら、自ら関係があることを暴露するようなものです。
    
あたしは誰も信頼することができず、四六時中、緊張感を張り詰めていました。
    
まんじりともせずに夜を明かしたあたしの前に、部外者は現れませんでした。
その次の夜も。そのまた次の夜も。
    
台風が近づいているようでした。
こっそりやってくるマキさんに訊けば、過去最大級の超大型の台風で、今日の夜半には
島全体が暴風域に入る危険があるとのことです。
    
母屋のほうでは、雨戸や戸板を固定する音がトテカンと響いています。
しかし、相変わらず、あたしのいる網小屋に近寄る人は誰もいません。
依然として、あたしは蚊帳の外なのでした。
    
日が暮れて行き、すっかり夜になる頃には、だんだんと吹き抜ける風の音が甲高く、鋭くなってきて、
降り出した雨が叩きつけるような勢いを見せ始めます。
時折、ゴオーッという激しい雨風の音が響き渡ります。
嵐の音を聞きながらも、これまで台風被害とは無縁だったあたしは、この時点ではまるで何も危機感がありませんでした。
    
真夜中近くに、これまでとは嵐の音がガラリと変わりました。
雨とか風とかの音ではなく、ただ辺りをつんざくような凄まじい轟音だけが鳴り響き、ギシギシと揺れていた網小屋の壁や柱が尋常でなくきしみ始めたのです。
あちこちで雨漏りが起き、壁の戸板に手が入りそうな隙間が空いて、激しい風雨が吹き込んで来ました。
ガラクタしかない網小屋であたし一人ではどうすることもできず、ただ浸水を避けて狼狽えることしかできません。
    
さすがにあたしも、これはまずい、と恐怖を感じたその時でした。
    
何かが激突したようなもの凄い轟音が響いたかと思うと、網小屋の中の空間が歪み、梁がむき出しの天井がねじれながら一気にあたしの上に落っこちてきたのです。
あたしは、あらん限りの声で悲鳴を上げました。
    
目を開けることができました。
どうやら生きています。
下半身が板壁の破片やガラクタで埋まっています。倒れているあたしの隣、わずか2、30センチのところに天井の梁が落っこちていて、間一髪であたしは下敷きを免れていました。太い梁のお陰でスペースができ、壁にも押しつぶされずに済んだあたしは、狭い隙間の中で身をよじり、下半身の瓦礫から逃れ出ようとしました。あちこちの打ち身の他、板壁の釘が右のふくらはぎに刺さり、肉をえぐって血が流れていますが、大したことはありません。
    
何とか屋根と壁の隙間からあたしは這い出しました。
殴りつけるような雨風が吹き荒れています。まるで滝に打たれているようです。
目に入った母屋は、倒壊はしていないものの、常夜灯が消え、雨戸が固く閉じられていて、人の気配も何も全くわかりません。
視線を移し、山手のほうを振り仰いだあたしは固まりました。
家のすぐ上の民家が完全に倒壊し、瓦礫の山になっていたのです。
しかも、信じられないことに、とても小さい黄色い雨合羽姿が一人、残骸の中で見え隠れしています。
    
『危ないっ!』
思わずあたしは叫んで、懸命に土手を駆け上がってその子に駆け寄りました。
「裸んぼのおばちゃん!」
子供にまでそんな風に覚えられているのはショックでしたが、気にしている場合じゃありません。
    
『危ないじゃない! お母さんは? 何で一人なの?』
「ばあちゃんが! ばあちゃんを助けて!」
その子の言葉に、上の家の住人のことに少し頭をを巡らせて、まずいと思いました。
確か、シヅさんというお婆さんが一人で暮らしていたはずです。
「ばあちゃん、公民館に来なかった! だから!」
『シヅさん、この下にいるの?!』
    
まるでゴミ捨て場のように積み重なった瓦礫を、手当たり次第にどかしてみました。折れた柱や屋根瓦を無我夢中で掻き分けました。
山の土砂と、崩れた壁土とで、たちまち全身黄土色の泥まみれになりました。
10分ほども瓦礫と格闘し、太い柱を苦労してずらすと、下から隙間が現れ、その中に皺だらけの腕が覗きました。
シヅさんです!
『見つけたから、公民館に行って、みんなに知らせてきて!』
「うん!」
女の子は駆け出していきました。
    
あたしはシヅさんを掘り出そうと、周囲の瓦礫を注意して取り除いていきました。
雨の中なのに汗が噴き出し、泥まみれになって肌にまとわりつく着物を脱ぎました。パンツ一丁になって作業しようとしましたが、お尻だけがつめたく冷えて気持ちが悪い。
しばらく作業した後、思い切ってパンツも脱ぎ捨て、全裸になりました。今更恥じらいも何もありません。全身の泥汚れが雨で流され、かえって快適なくらいです。
真っ裸になったので、むき出しの肌の打ち身や擦り傷、足の刺し傷が泥混じりの雨でひりひり痛みますが、気にしている場合じゃありませんでした。
    
幸い、シヅさんはちゃぶ台の下に隠れていて、倒れたタンスや水屋の下敷きにならずに済んでいました。横穴状の隙間から何とか引っ張り出したシヅさんは、切り傷や擦り傷はあるものの、家具に手足を挟まれてもおらず無事でしたが、意識が朦朧としているようで立つこともできません。
もう少しの我慢だよ、シヅさん。
あたしは素っ裸の背中にシヅさんを背負い、脱いだ着物でシヅさんを無理やりくくりつけ、暴風雨の中を公民館に向かって歩き出しました。
    
濁流の中を膝下まで漬かって歩き続け、あたしのほうも気が遠くなりかけた頃、やっと行く手に避難所の公民館の明かりが見えてきました。
あの女の子の知らせを聞いてか、ちょうど5人ほどの合羽姿の人たちが表に出てこっちに向かって来、数人の人々に支えられながらあたしとシヅさんは公民館にたどり着きました。
    
上海女たちですらさすがに今日のような日は、雨合羽に長靴姿の中、ずぶ濡れの丸裸で公民館に入ってきたあたしに周囲の人々は固まっていました。
    
『早く、シヅさんの手当て!』
あたしが金切り声で叫ぶと、中の人たちがはじかれたように立ち上がり、シヅさんを奥に担ぎ込みました。
    
シヅさんを背中から降ろしたあたしは、一気に気が抜けて、玄関脇にあった椅子の一つに倒れ込むように座りました。
どのくらい脱力していたのか、誰かがあたしの肩にバスタオルを掛けていったのにも気づきませんでした。
    
肩のバスタオルに気づき、手に取ったとき、あたしは自分が生まれたままの真っ裸でいることを思い出しました。
あまりにも場違いで、周囲の目がちらちら、こっちに向いているのを感じました。
いたたまれないのであたしは立ち上がり、
『じゃあ、これで・・・』
シヅさんが手当てされるのを見届けて、公民館を出て行こうとしたあたしに、
「ちょっとあんた!」1人のおばさんから声がかかりました。
「身体くらい拭いていったらどうなの」
『大丈夫です。いつも裸ですから、あたし』
「いいからちょっとこれ着て。ここ座って。風邪ひくよ」
手を引かれて座敷に上げられ、ドテラを着せてもらい、アメ湯をふるまわれました。
言葉にできないほどの優しい甘さが全身に染み渡りました。
    
間もなく、公民館に夫が迎えに来ました。
あたしの姿を見るなり、夫は目の前で土下座して土間に頭をこすり付けたのです。
「チエ、すまなかった。お前の辛さを判ってやれなくて!」
驚きと当惑で、ちょっとちょっと、やめてよとあたしは夫に駆け寄りました。
    
「俺が間抜けだった。仕来たりだからって、嫁のお前のことをお袋にまかせっきりにして。
そりゃ網元の嫁だから、半人前のうちは風当たりが強いだろうと思っていたが、まさかお前が壊れるほど苛められてるとは思わなかった。それも本家の身内から! もう大丈夫だ、網小屋なんかに戻らなくていい、母屋で寝泊りしてかまわない。海女だってもうやらなくていい」
    
一体何事かわからず、ちょっと待ってどういうこと?と戸惑いましたが、ともかく帰ろうという夫に手を引かれ、
軽トラに乗り込んで、だいぶ弱くなった雨の中を帰途に着いたのでした。
    
出迎えた義母はものすごく居心地の悪そうな顔をして視線を逸らしました。よく見ると、左目の下辺りが青くアザになっています。
どうやら、夫は母親に手を上げて、あたしを迎えに来たようなのです。ゴキブリ一匹退治できなかった人なのに。
    
「お袋を許してやってくれないか。辛い言葉もかけただろうが、お袋なりの期待の裏返しだったんだと思うし、
お前への下品な仕打ちにはお袋は一切関わっていないから」
    
だいぶ後でその時の修羅場をマキさんから聞きました。
シヅさんの一件で本家に連絡があり、その際居合わせたマキさんから、夫はあたしが網小屋で暴漢に襲われた際の話を聞き、どういうことだと母親を問い詰めたそうです。義母は本当にアツコさん一味の襲撃には無関係だったようで、知らない、しらないと弁解していたのですが、じゃあ俺がチエを迎えに行く、妻が危険な目にあっても気付かないような家族に任せておけない、チエはこれから俺と寝泊まりして、お袋には一切関わらせないと宣言し、止める義母を張り倒して出てきたそうです。
    
その時、義母をかばって割り込んできたのが長年家にいる使用人のヨシノさんという人で、全部、あたしが悪いんだ、大奥さんは大旦那さんが倒れてから、網元本家を一人で守ろうとして懸命なのに、嫁のチエさんと合わずに気苦労ばかりして気の毒で、尊敬する大奥さんを困らせるチエさんが憎かった、チエさんの悪い噂を流したり、ハルコさんに後妻の話を吹き込んでそそのかしたり、網小屋の鍵をこっそり渡したのもあたしだと告白したそうです。
夫は激怒し、その場でヨシノさんを追い出したとのこと。
    
出来の悪いサスペンスドラマみたいだと唖然としたのですが、
まあ、古い家には、どこにでもそんな話が転がっているのかなと、前向きに考えることにしました。
勿論怒りもありましたが、あたしのいない所で全て終わっていたのです。もう、蒸し返したくありませんでした。
    
この嵐の夜をきっかけに、あたしの周囲の環境は一気に動き始めたのです。
    
台風が過ぎ去って3日後、ようやく本格的に村の復旧が始まる中、海女漁も再開となりました。
やめてもいいと夫は言ったのですが、あたしとしてもこんなに中途半端な終わり方じゃ後悔するし、
他の人々とちゃんと向き合えるよう、けじめはつけなきゃと思ったのです。
    
久々に向かった海女小屋。
    
以前のように全裸で出勤し、小屋の中に入ったあたしは、
「チエさん、ちょっとこっちに来ておくれ」
海女頭のカズコさんに呼ばれました。
    
彼女の後ろには、上海女たちがほぼ全員揃っていました。
「台風のとき、シヅさんを助けてくれて、ありがとう。上海女を代表して、礼を言わせてもらうよ」
思いがけない、感謝の言葉でした。
「シヅさんは先々代の海女頭だったんだ。最近は膝が弱ってて、身寄りは甥夫婦(あの子の両親?)がいるだけでさ、あたしらも心配だったんだが・・・助けにも行けなくて、正直、駄目かと思ってた。本当に良かった」
驚きました。そんなに偉い人だったとは。
    
「あんたには何か、礼をしなければいけない。本当はあんたを海女として認めるのが一番の褒美なんだが・・・」
    
「でもあんたはまだ半人前だから、ふんどしを着けさせてやることはできない。掟は掟だ。・・・代わりに、あたしらがあんたと同じ立場になる」
言って、カズコさんは自分のふんどしに手をかけました。腰縄を解き、前布を外して、カズコさんは上海女の誇りである小さな縄ふんどしを取り去りました。
黒々とした繁みを晒し、全裸になったカズコさんは、あたしの前でたくましい胸を張りました。その行動に上海女たちは一瞬ざわつきましたが、彼女に従って、次々に自らふんどしを外し、数分後には一団は生まれたままの姿になりました。
    
「これから1週間、あたしらはあんたと同じ裸んぼとして生活する。もしその間にあんたが水揚げを達成したら・・・」
「その時は、あんただけが上海女さ。あたしらはあんたに従う」
    
「あと、あたしらの中の何人かが、あんたに行き過ぎたことをしてたのは、調べはついてるし、申し訳ないと思ってる。その子らにはきちんと罰を与える。ほら、出てきな!」
恐る恐る歩み出たのは、ハルコさんとアツコさん、それにミサエさんでした。
「あんたら3人は、裸んぼ2週間だ」
3人は目を伏せて唇を噛み、全裸であたしと向かい合う屈辱と恥ずかしさに耐えていました。
    
「それと、3人には、改めて子どもに戻ってもらう。下の毛を全部剃るんだ、今ここで」
その言葉に、3人の表情は痛々しく引きつり、思わずカズコさんに振り返りました。
陰毛まで全部剃ってしまうというのは、つまり、あたし以下の裸んぼにされるということです。あたしでさえ下の毛でアソコを隠しているのに、それすら許されないのですから。
しかしカズコさんは構わずに年少の上海女たちに命じて、水を汲んだタライと剃刀がそれぞれ、3人の前に用意されました。仲間の上海女たちとあたしが見守る中、観念した3人は安全剃刀を手に取ると、ハルコさんとミサエさんは膝立ち、アツコさんは尻餅をついて全裸の股を開き、肩を震わせながら股間の陰毛をすべて剃り落としました。
    
もう十分だと思ったのですが、カズコさんは改めて3人をあたしの前に整列させました。
「ほら、ちゃんと見せないか!」
カズコさんの一喝で股間を隠すことも許されず、ハルコさんたちはつるつるになった陰部をさらけ出して気を付けの姿勢をさせられました。ミサエさんとアツコさんはかなりの上付きのようで、あそこの割れ目が正面からもくっきりと見えていました。
    
その日から一週間、上海女たちは、本当に素っ裸で活動しました。上海女たちの中には、副業を持っていたり、役場や農協、漁協や地域の役員をしている人もおり、当然周囲から奇異と好奇の視線に晒されたことでしょうが、彼女たちは誰一人欠けることなく、堂々と全裸で各々の日々の仕事を全うしました。その結束力の高さには、さすがに脱帽するしかありませんでした。
そして、その日を境に、あたしへの陰口や嫌がらせも、パッタリと止んだのです。
    
あたしはというと、その出来事から10日後、8月も終わりかけた日にようやくアワビ10個の水揚げを上げることができ、晴れて上海女の仲間入りを果たしました。
1週間には間に合わず、裸んぼになった上海女の上に立つことは、さすがにできなかったのですが、
水揚げを達成したその日は、上海女たちから、これまでの冷たい仕打ちが嘘のような喝采と祝福を受けました。
カズコさんから直々に上海女の証の縄ふんどし(の材料の細縄と前布・・・サイズは自分で縫って合わせろということです)を手渡されたときには、さすがに安堵感から涙がこみ上げてきました。
そして、義母のあたしに対する態度も一変しました。
やっと、一家の嫁として認めてもらえたのです。
    
一人前の上海女となって2年後、あたしは一人息子を授かり、今ではその息子が大学生になっています。
網元(今では漁労長といいます)だけでなく、民宿の経営も始めた我が家で、あたしは女将としての仕事の他に、今も海女として漁に出ることもあり、忙しい日々を送っています。
今では、海女はふんどし姿ではありません。15年程前に磯着姿となり、現在ではウェットスーツが普及しています。おかげで、漁獲高は格段にアップし、海女人口が減った分をカバーしています。
    
実は今も、年にたった1日だけ、海女が全裸で海に入る日があるのです。
    
それは1月1日、元旦の早朝で、夜明け前に海女たちは生まれたままの姿で海に入り、身を切るような冷たさの海で身を清め、初日の出の朝日にその裸身をさらしてその年一年の豊漁を祈るのです。
すっかり海女が減ったので、この儀式をできる海女があたしを含めて5人程しかいません。
また、この御時世、全裸という出で立ちのこともあって、儀式がどこでどう行われているのかは一切秘密です。地元の人々しか、立ち会うことを許されません。
    
その中であたしたち海女は、集落の人たちが見守る中、裸んぼの時と同じ、一糸まとわぬすっぽんぽんとなり、冬の海で水ごりをした後、朝日を浴びて祈ります。全裸になることにも、凍えるような海に入ることにも、何のためらいもありません。なぜなら、裸んぼ時代とは違い、今のあたしの姿は、集落を代表して繁栄を祈るための厳かなものだからです。
    
あたし自身、寒さや恥ずかしさを超えた、身も心も解き放たれたような、清々しい解放感を感じます。おっぱいだのお尻だのアソコだのと葛藤していた昔の自分が何だったのか、何もかもさらけ出し、堂々と皆の前で立ち振舞う今の姿こそが真のあたし、と心から思えるのです。
    
そして、あたしは今でも、毎年、何よりもこの儀式の日が来るのを楽しみにしているのです。
    
    
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