姉さん女房は元キャバ嬢だった


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「そんなのなんとかなるから、辞めちゃえば良いんだよ。ちょっと頑張りすぎだったから、しばらく休みなよ」
 妻の栄子のそんな言葉で、追い詰められていたような気持ちが消えた。そして、本当に仕事を辞めて少しのんびりすることになった。
 栄子とは、結婚してもうすぐ4年だ。年上の彼女と知り合ったのは、仕事帰りにたまに行くファミレスだった。若い子に混じって深夜の時間帯に働く彼女を、大変だなと思って見ていた。そして、深夜の時間帯は比較的お店もヒマだったので、よく話をするようになった。30歳だと言うことと、他に仕事をしていること、学生時代からファミレスで働いていたので、なんとなく続けていることを知った。

 半分くらいブラックな会社で働いていた僕は、いつも帰りがかなり遅かった。ただ、ブラック企業ながら給料だけは良かったので、ほとんど毎日外食をしていた。そんな日々の中、栄子に惹かれてファミレスに通うようになった。
 仕事が辛くて心が病みかけていた僕に、5歳年上の彼女の明るさと力強さは、本当にインパクトがあった。
「いつも遅いんだな。身体平気なのか?」
 栄子は、打ち解けてくると、口調も砕けてきた。元々、ちょっとヤンキーっぽい雰囲気はあるなと思っていたが、砕けた話し方をするようになると、やっぱり元ヤンかな? と思った。ただ、他のお客さんやキャストがいるときは普通の丁寧なしゃべり方になるので、そのギャップが可愛いなと思ったりもしていた。

「ふ~ん、そうなんだ。でも、給料良いなら仕方ないのか……でも、あんまり無理して身体壊したら意味ないぞ」
 そんなことを言ってくれる彼女を、おねえさんみたいだなと感じるときもあった。ズバズバと何でも言う彼女に、さらに心惹かれる気持ちが大きくなっていった。そんなある日、
「え? 全部外食してるの? もったいない……って言うか、栄養バランスとかどうなってるんだよ。病気になるぞ」
 と、驚いた顔で言われた。でも、時間もないし、やる気も起きないと素直に言うと、
「作ってやるよ。晩飯ぐらい。明日、作ってやるよ。作り置きもするから、冷凍しておけよ」
 と、何食わぬ顔で言われた。あまりの提案に、思わず黙ってしまった。
「なんだよ。私の飯は食えないのか? こう見えても、料理得意なんだぞ」
 そんなことを言う彼女。ファミレスではホールで働いているので、料理はそれほど得意ではないのかなと思っていた。そして、有無を言わせない感じで、本当に料理を作ってもらうことになった。
 仕事が終わるのが遅いでの、結局22時になってしまった。僕も彼女もファミレスの近くに住んでいるので、いったんファミレスで待ち合わせた。制服ではなく私服の彼女を見て、ちょっとドキドキした。
 ダメージジーンズに、シャツとパーカー姿。ファミレスの制服姿よりも、若く見えた。そして、脚が長くてスタイルがとても良いことに気がついた。制服のスカート姿だとシルエットが隠れていることもあって、胸が大きめだと言うことくらいしかわかっていなかった。
「なにじっと見てるんだよ。スケベ」
 そんなことを言われて、慌てて視線を上に戻した。つい脚を見てしまっていた……。髪をポニーテールにしている姿しか見ていなかったので、かなり印象が違う。こんなに綺麗な人だったっけ? と思ってしまった。たぶん、メイクの感じも違ったのだと思う。
 栄子は、両手にスーパーの袋をぶら下げている。かなり沢山の食材を持ってきたみたいだ。慌ててお金を払うという言うと、
「そんなのいーよ。こっちが勝手にやってることだから。それより、スマホとか得意? わかんないことあるから教えてくれよ。それで良いから」
 ぶっきらぼうに言う彼女。僕は、得意ジャンルのことだったので、何でも聞いて下さいと答えた。
「なんでも? じゃあ、今までの女性経験は何人?」
 と、まったく予想もしていなかったことを聞いてきた。びっくりしながらも、まだ経験がないことを答えると、
「じょ、冗談だよ。なに真剣に答えてるんだよ」
 と、栄子は激しく動揺した。聞いておきながら動揺するのも理不尽だと思ったが、冗談だったことに気がついて笑ってしまった。たぶん、僕は緊張していた。女性経験のない僕にとって、部屋に女性が来ると言うことは一大事だった。

「そっか、童貞君か。付き合ったこともないのか?」
 栄子は、動揺が引くと、からかうように聞いてきた。僕は、交際経験もないことを伝えた。女性に興味がないわけではないが、奥手すぎて女性に告白することもなく25歳になっていた。ただ、別に焦る気持ちもなかった。そのうちタイミングが来るだろうと思う程度だった。
「へぇ、直太イケメンなのに」
 ボソッと言われて、慌てて否定した。自分のことをイケメンだと思ったことなどない。ただ、中性的というか、女顔しているとからかわれたことはある。
「そんなことないよ。イケメンだと思うぞ。でも、ちょっとなよなよしすぎかな」
 そう言って、豪快に笑う彼女。姉さん女房みたいだなと感じた。優柔不断な僕には、彼女のこの性格はとても心地よかった。女性に引っ張ってもらうというのも恥ずかしい話だけど、その方が楽だと思ってしまった。

「綺麗にしてるんだ。って言うか、生活感なさ過ぎじゃない?」
 物が少ないことに驚かれてしまった。僕の趣味は読書で、電子書籍で読んでいるので紙の本はほとんどない。服とかも最低限だし、外食ばかりなのでゴミも少ない。
「包丁とかはあるのか? へぇ、一応、全部あるんだ。使ってないみたいだけど」
 栄子は、キッチン周りを見ながら準備を始めた。台所用品は、一人暮らしを始めたときに一通り買ったが、ほとんど使うことはなかった。
 栄子は、エプロンをすると料理を始めた。手際よく、楽しそうに作りながら話しかけてくる。仕事のことなんかに興味があるみたいだ。僕は、投資不動産を販売する仕事をしている。と言っても、本当に儲かるのか怪しい感じの物件ばかりだ。最近ちょくちょく問題になっているワンルームなんかも扱っている。

「へぇ、不動産屋さんか。でも、マンションって言うか、投資物件? そんなの扱ってるんだ。難しそう」
 栄子は、僕の話を本当に良く聞いてくれる。こんな風に、誰かに仕事の話をするのは初めてだった。愚痴みたいな話にも、しっかりとリアクションしてくれる。
「まぁ、本当にイヤなら辞めるのも一つだぞ。少しお金貯めて、準備したら良いよ。外食控えれば、すぐ貯まるだろ」
 そんなアドバイスまでしてくれた。僕は、なんとなく心の澱が薄くなるのを感じながら話を続けた。そして、栄子のことも聞いた。どんな仕事をしているのか、前から気になっていた。
「仕事は、事務とかだよ。商品の発注とかもしてる。キャバクラとかスナックとかの」
 栄子は、キャバクラとかスナックなどと運営している会社の裏方をしているとのことだった。あまり聞かない種類の仕事なので、驚いてしまった。
「昔、キャバ嬢だったから」
 ボソッと言う彼女。その経歴にも驚いてしまった。どうして裏方になったのかと聞くと、
「30でキャバ嬢は痛いでしょ。それに、夜の仕事はもうこりごり。変な客とか多いからさ」
 と、答えた。意外な経歴に驚きながらも、どんなお客さんがいたのかと聞いた。

「うん。その前に、出来たから食べよっか。食べながら話すよ」
 そう言って、生姜焼きや味噌汁、おひたしなんかを並べていく彼女。こんな家庭的な料理は、何年ぶりだろう? お腹が鳴ってしまった。
「フフ、腹ぺこかよ。たくさん食べな」
 嬉しそうな彼女。たぶん、僕はこの時に彼女と結婚したいと思ったのだと思う。食べながら聞いた彼女のキャバ嬢時代の話は、まったく知らない世界の話で面白かった。やっぱり、男性の最終的な目的はセックスをすることなんだなと思った。
「しないよ。そんなことしたら、もっと面倒なことになるだろ?」
 栄子は、いわゆる枕営業的なことはしなかったそうだ。でも、そんなことがあるのだろうか? なんとなく、みんな枕営業をしているイメージだった。僕は、その当時の彼女のことが気になって、写真はないのかと聞いた。
「あるよ。ほら、こんな感じ」
 栄子が見せてきたのは、今とはまったく違うギャルっぽい雰囲気の彼女の写真だった。髪色も今とは違い、金髪に近いくらいに茶色い。メイクのことは詳しくないが、派手な感じだ。AVとかのギャル物みたいな感じの栄子は、ちょっと下品な雰囲気だ。いかにも枕営業をしてそうに見える。

「世の中、M男みたいなヤツ多いから。それなりに人気はあったよ。でも、疲れちゃったし、面倒になって辞めた」
 栄子は、そんな説明をした。でも、きっとなにか事情があったんだろうなと感じた。そして、食事を続ける。本当に美味しくて、たくさん食べた。美味しいと言うと、本当に嬉しそうに笑う栄子。
「だろ? 色々作っておくから、冷凍しておけよ。なくなったら、また作ってやるから」
 そんな会話を続ける彼女。僕は、ふと思い出してスマホの事って? と聞いた。何かわからないと言っていた。
「そうそう、ラインの登録とか教えてくれよ」
 そんなことを言い始めた彼女。そんな簡単なことを? と、驚きながらも説明すると、
「よくわかんないよ。ほら、試しにアンタのヤツ登録してみせて」
 と、栄子はぶっきらぼうに言う。僕は、慌てて自分のIDを栄子のアカウントに追加した。でも、それくらいは誰でも出来るのにな……と、不思議に思った。
「へぇ、こうやるんだ。ありがとう。テストしていい?」
 そう言って、栄子は本当に”テスト”としか書いてないメッセージを送ってきた。僕は、ちゃんと出来てると答えながら画面を見せた。
「じゃあ、せっかくだから登録しておいて。栄子って名前で」
 栄子は、顔を赤くしながら言った。その仕草に、ドキッとしたし胸を打ち抜かれた気持ちになった。もしかして、僕に好意を持っている? いまさら思った。そして、栄子に言われるままに友達登録をした。

 その日以降、結構頻繁にメッセージのやりとりをするようになった。栄子からのメッセージは、いつも短い。仕事頑張れよとか、まだ食材なくなってないかとか、今日は来るのか? とか、そんな感じだ。でも、ほとんど毎日メッセージをしてくれる。そんなある日、また家で料理を作ってくれているときに、いきなり結婚してくださいと伝えた。栄子は、キョトンとした顔になり、吹き出すように笑った。僕は、笑われて耳まで真っ赤になっていた。なにか間違えた? 笑われている理由がわからず困惑していると、
「はい。お願いします」
 と、真面目な顔になった彼女に言われた。

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