私の性的体験記(3)高校生の頃


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中学時代から大学時代まで過ごした都心の官舎は、表通りから直角に伸びた路地の突き当りにあり、木戸をくぐった先に塀に囲まれて南北に3棟の一戸建ての家があった。我が家はその中央で、北隣に佐藤さんという家族が住んでいた。官舎であったので、父の勤め先の同僚の家族であり、家族ぐるみの付き合いがあった。小さの男子が二人おり、お兄ちゃんは弘之といった。13歳年下であった。母が子ども好きということもあり、よく家に遊びに来ていた。時には一緒に風呂にも入っていたので、弘之は母の全裸姿は既に見知っていた。

ある日のこと、何時ものように弘之が遊びに来て、母親と一緒に過ごしていた。高校2年の夏休みであったので、弘之が確か4歳の時のことである。私は自室で夏休みの宿題をこなすために、机に向かっていた。と、母がトイレに立ったのが気配で分かった。そして、それは時間的に丁度トイレに入って母がしゃがんだ位の絶妙のタイミングであった。弘之の
「小母ちゃん、おしっこ。」
という声が聞こえ、弘之が足音高らかにトイレへと突進した。不用心な母は、トイレの戸は閉めていたものの、何時もながらに内鍵を閉めていなかった様子であった。そのためトイレをの戸は容易に子供の手で開き放たれた様子である。自分にも経験があることであるが、子ども心に大人の女性が尻を丸出しにして小用をしている姿、「大人のマンコ」というよりは、「大人の女が尻を丸出しにしてオシッコをしている姿が見たい」という要求、言わば小児性欲が弘之を突き上げ、そういった行動に駆り立てたようだ。そして次の弘之が放った言葉は更に衝撃的であった。
「あれ、小母ちゃん、うんこしているの?」
そう、母は例によって急に便意を催してトイレに駆け込み、正に脱糞中であったようだ。母は
「弘ちゃん、戸を閉めて」
と声掛けをしたが、弘之は戸の外から母の脱糞を眺めるのではなく、大胆にトイレに入り込み、そのままその場にしゃがみ込んで、間近から母の脱糞を覗き込んだ。
「弘ちゃん、いい子だからドア閉めて」
母の声が虚しく聞こえる。私は足音を消してトイレに近づき様子を窺った。すっかりトイレに入り込んだ弘之は、屈んで顔を母の尻の近くに近づけ、ちょっと見上げるような感じで母の陰部を覗き込んでいた。距離にすれば20㎝もなかったかも知れない。それは彼にとっては、私の覗き穴以上に正に特等席であった。

そのころ頻繁に母の脱糞や排尿を覗き見していた私は、自分の行為が頭をよぎり、せっかく偶然が作り上げたと思われる弘之にとっては絶好の機会を生かして、弘之にたっぷり大人の女性、それも彼が良く知っている小母ちゃんである母の、脱糞の様子を見せて楽しませてやることにした。そして聞こえてくるやり取りに聞き耳を立てた。ドアの小穴から覗く私と違って、トイレの中に堂々と入り込み、しゃがんだ弘之には脱糞を続ける母の肛門は目の前にあり、更に排尿しているマンコもしっかりと見えている筈である。その様子を確認して、私はまた足音を消して自分の部屋に戻った。

下剤のせいで、私にも聞こえる程、ブリブリブリっと音を立てながら、母の脱糞は止まらない。音だけは私にも妙にはっきりと聞こえた。母は否応なしに、弘之の眼前に丸出しの尻を曝しながら、弘之に間近から覗き込まれていることを知りつつ、自らの脱糞を見せ続けるしかなかった。顔見知りの小母ちゃんである母が、大人のマンコも尻の穴も目の前で丸出しにし、脱糞を次から次へと見せている。それを間近から見上げる弘之・・・やがて是非もなく、恥ずかしい脱糞ショーと生マンコ丸見え排尿ショーを弘之にすっかり披露してしまった母は、出すものを出し終わり、陰部の始末をすると、トイレを流し、下着を上げて一段高い舞台から降りた様子であった。ところが、弘之は一呼吸早く、トイレから居間へと駆けって戻って行った。
「弘ちゃん、おしっこでしょ。お便所に来なさい。」
と声をかける母。弘之は一言、
「もう出ない!」

ハッとした。・・・最初から弘之には尿意などはなく、弘之にしてみれば確信犯的に母がトイレで尻を出し、排尿する姿を見ようとした行為であったことをその時私は知った。ところが弘之にとっては幸運にもというべきか、より長時間丸出しになった母の生尻を間近から覗き込むことが出来、しかも大人の女性が肛門から大量の便を放り出す姿を間近で見て楽しむことになった訳である。

弘之の幼いながらも、とっさに行動に移したその悪だくみを理解した私は、母に代わって彼に仕返しすることを思い立った。その方法は、逆に弘之の母親の陰部を私も覗き見してやることであった。本当のことを言えば弘之の母親、智恵子を昏睡させ、無抵抗状態でマンコを丸出しにして観察した上で浣腸でもしてやりたいぐらいの気分だった。

その後、弘之の母親、智恵子のできれば、トイレ姿を覗き見しようと何回か試みたが、いくつかの試みは失敗に終わり、私は方法を変更することにした。佐藤さんの家は、家の建て増し部分を除けば私の家と基本的には同じ間取りであった。居間に使用している部屋の縁側に面したテラス窓風の戸はガラス戸で、そのうち1枚のは本来刷りガラスである筈が、佐藤家のそれは透明のガラスに代わっていた。おそらく破損した際に、より安いこのガラスになったのであろう。雨戸は板戸、加えてカーテンをつけていなかった。そこで雨戸に錐で覗き穴をあけた。入浴時智恵子は雨戸を閉め居間で脱衣する筈であった。佐藤さんのご主人が出張の晩、私は庭に入り込み、縁側に座り、智恵子が裸になるのを待った。時が来て智恵子は私に覗かれていることも知らず目の前で、明るい室内灯のもとストリップショーを演じてくれた。細身の智恵子は、既に弘之と弟君の二人の子どもを、マンコから抜いており、乳は三日月形に垂れ下がり、手入れをしているようには見えない陰毛は、女の陰裂を覆い隠し、女の割れ目は見ることもできない。お世辞にも豊満とは言えない身体つきであった。

次に私は覗きのポイントを勝手口の鍵穴に変更した。今ではアンティークとなった勝手口のカギには、大きな鍵穴があり、格好の覗き穴であった。鍵穴から覗くとそこから右は台所であり、左は浴室の入り口、正面が居間へ続く出入り口であった。脱衣場はなく、ちょうど勝手口の前が、脱衣所代わりに使われる区間であった。そこで覗く智恵子は、くたびれた感じの熟女の身体であったが、顔見知りの10歳ほど年上の女性の全裸姿にはそれなりに興奮し、私はチンポを扱きながら覗き続けた。

何回か覗きを繰り返したある日のことである。その日一人で入浴を終えた智恵子は居間に直ぐには戻らず、隣接する台所で身体を拭き始めた。こちらに尻を向けながらである。と、前かがみになった瞬間に、智恵子の股間、即ちマンコの陰裂と肛門が目の前に開示された。陰毛が陰裂を隠していたのは前から見た時だけの話で、後ろから見ると大陰唇部の陰毛はそれほど密ではなく、小陰唇のはみ出しもない綺麗な筋マンが見て取れた。無意識とは言え、智恵子が自ら自分の陰部を私に披露したのであった。

鍵穴と言えば、佐藤家は一家で埼玉にあった奥さんの実家へ泊りがけで出かける時など、玄関の鍵を、外に置いてある二槽式の洗濯機の脱水機内に置いていくことを知っていた。そのカギを使って留守中に家に上がり込み、箪笥の引き出しにしまってある智恵子の穿き古したパンティー、洗濯しても落ちきれない染みをクロッチ部にはっきり残った生活感があるパンティーを眺めたり、時としてまとめて置いてあった洗濯前の臭い付きの汚れたパンティーを入念に点検したりもした。こうして、私なりの弘之に対する仕返しは完了した。

次に思いついたのは、同じ方法で、南側の隣家、中田家の奥さん、止子の全裸姿を鑑賞できるであろうという事実であった。これも見事に成功し、思い立ってすぐに顔見知りの奥さんお全裸姿を楽しめた。止子も弘之より1歳年下の男の子を既にマンコから抜いていたが、智恵子よりは年上であった。鍵穴から覗いた止子の裸体は、肉付きの良い中年婦人のそれであり、乳も垂れてはいなかった。今思えば私の家内によく似た体形で、私好みであった。子どもが寝静まった時間帯での入浴後、全裸で居間に移動した止子は、明るい照明の下で、ご主人に裸体を見せるヌードショーの踊り子がごとく振る舞い、私もその私的なヌードショーのご相伴にあずかった。・・・続く。

 

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