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担任の中学教師


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友和といいます10年前の初体験を書かせて下さい。

初体験は15歳で中学3年生の時で、相手の女性は22歳年上の37歳で中学の担任教師の小俣郁子先生です。

37歳の小俣先生は結婚もして2人の子供の母親です。

小俣先生は152CMで多少の小太りとDカップの胸の持ち主でした。

2年生の時に担任だった同級生3人が小俣先生にタバコを持って居るのが見つかり、3人の親も呼ばれて叱られたのを根に持って小俣先生をシカトをしはじめました。
そのグループが虐められ子など十数人に及び小俣先生も相当まいって居たようで目に見えて痩せて行くのが分かりました。

元々小太りの小俣先生が好きだった僕は3人の同級生が許せなく、元々僕は小学1年生から6年生まで合気道と3年生から6年生まで空手を習って居ましたので怖いもの知らずで同級生3人に小俣先生を虐めるのを止める様に言いました。
同級生は聞く耳を持たず、その逆で小俣先生は夫婦での営みで胸元にキスマークが付いていたり旦那の精子が子宮に入って居るとバカにされて居る事に頭に来た僕は3人をケチョンケチョンに殴り飛ばしてやりました。

当然、僕は親も呼ばれて校長や教頭先生に学年指導の先生に何故暴力を振るったのかを説明しろと言われたが、憧れの小俣先生の夫婦の営みの話を去れた事がと話せる事もなく小俣先生を傷付けたく無く黙っていました。

殴り飛ばした3人は保健室で学校医の先生と小俣先生に手当てを受けて居ました。
3人の親は自分の子の霰もない姿に興奮して僕の親に文句を言って来て警察を呼ぶのと校長や学年指導の先生の待って下さいの押し問答の待つに、僕は親から借りた携帯電話で自ら110番に電話をして暴力が有ったから来るように伝えました。

その行為に3人の親と校長に学年指導の先生は驚いて居ましたが自分の親だけは誇らしい子を見る目をしていたと思います。

警察はパトカーのサイレンを桁しなく鳴らして3台のパトカーが15分位で中学校に到着しました。
警察官の事情聴取が始まりましたが学校の関係者が居る前では話さない警察署で警察官に話すと言って警察署に行くことに成りました。

パトカーのサイレンを聞いた小俣先生は青ざめた表情で保健室から職員室に来て涙目で一緒にパトカーに乗ってと言われたが小俣先生が着いて来たら意味が無いので教頭先生が一緒に来てくれる事に成り初めてのパトカー乗車と成りました。
教頭先生は話の分かる先生で警察署も学校関係者に話さない事を条件に小俣先生が3人を筆頭に数十人の同級生から虐めを受けて居ること、小俣先生の夫婦の営みの話を去れて手が出てしまった事を話しました。

3人の同級生は僕が手を抜いて殴り飛ばしたので多少の掠り傷で済んで、3人も親の付き添いで警察署に来て事情聴取を1人1人受ける事に成り3人の中の一番威張っていた奴が泣きながら話したと教頭先生と言われて警察官には多少のやり過ぎで注意を受けたのと、将来警察官に成らないかと言われたが丁重に断って置きました。

そんなこんなで小俣先生との性行為に発展したのは1年後の中学3年の時に3人の同級生の1人が喧嘩の経緯を好意を持って居た女子生徒に話して女子グループの話から小俣先生の耳にも入ったとの事でした。
暴露した奴は逆に女子生徒に嫌われバイ菌扱いを去れて不登校に成ったとか聞きました。

中学3年の夏休み前に小俣先生から放課後に残る様に言われて喧嘩の経緯を聞かれましたが、暴露した内容は小俣先生がシカト去れて居たこと出は無くて、夫婦の営みで僕がきれたとの事でした。

確かに憧れの小俣先生の胸元のキスマークや精子が子宮に入って行くことに衝撃を受けての暴力でしたが、それが頭から離れなくて夫婦の営みで嫌なのに想像してオナニーをしている事を話しました。

軽蔑されると思っていた小俣先生は顔を赤くして僕の腰に両手を回して抱き付いてきました。
僕の10CM小さい小俣先生は小声で22歳も年上のおばさんで良いのと聞いて来ました。
僕は小俣先生が良いんですと初めての口付けをしました。

この日は学校の教室と言うこともあり口付けを何度かして終わりました。
次の日に小俣先生からスマホを渡されました。
この日は夏休み前言うことで通信簿などの仕事で忙がしくて普通に帰ってスマホの電話帳には小俣先生の苗字では無くて名前で郁子と電話番号にメールアドレスが入って居ました。

19時に最初の「友くん、いま家に着いた」とのLINEが送られて来てました。
僕「いつ小俣先生からLINEが来るかドキドキして待ってたよ」
郁「小俣先生じゃあ無くて2人の時は郁子て呼んで欲しいな」
僕「いきなり郁子はキツいから郁ちゃんでお願いします」
それからは郁ちゃん、おはよう。学校から帰って来ての、ただいま。旦那さんが帰って来る22時の3時間、お休みなさいまでがLINEのルーティンに成っていました。

僕「郁ちゃんに気になって居ること聞いて良い」
郁「良いよ。」
僕「旦那さんとはエッチはしてるの?」
郁「うん・・・ごめんね」
僕「悔しいけど・・・月に何回?」
郁「私が25歳の時に旦那と結婚して12年に成るんだけど、女の子の週以外は週1・・・」
僕「え!・・・新婚生活ではもっとしたんでしょ・・・コンドームは付けなかったの?」
郁「5年目までは週2回とか3回してた・・・子供が欲しかったから避妊はしてなかったから結婚半年で長女を妊娠して4年目で次女を妊娠した・・・」
僕「妊娠中もエッチしたんでしょ」
郁「妊娠が分かって安定期に入る間はつわりで・・・でも私が横寝で寝てる時に後ろから旦那が入れて来たから妊娠中も週1回か安定期に入って週2回の時もあった・・・」
僕「郁ちゃんとの夫婦性活700回以外してるの・・・まだコンドーム付け無いでしてるの・・・」
郁「・・・700回もされちゃったの・・・ごめんね・・・でも今は避妊してるよ・・・次女が産まれて11ヶ月の時に女の子が来なくて・・・年子もビックリしたし子供は2人て決めてたから妊娠検査薬を買って検査したら3日後に女の子が来て・・・それからは安全日でも避妊してるの」
僕はその話を聞いて堪らなくなり
僕「お願いが有ります・・・郁ちゃんの裸が見たい」
郁「え!・・・おばさんの使い古した裸なんか見たら友くん幻滅しちゃうよ・・・」
僕「郁ちゃんの裸を見て幻滅なんかしない・・・ほら見てチンコが・・・」と写メールで送ること10分後に
郁「恥ずかしいょ・・・」と始めてみる全裸の郁ちゃんの写真が、元々小太りだったのが少し痩せて2人の子を身ごもったお腹の妊娠線が目立ちました。
僕「郁ちゃんのお乳とマンコもおねがい」
郁「見て嫌われても・・・しょうが無いけど(涙)」とやや重力に負けてるDカップのお乳と2人の子を母乳で育てた茶色の500円玉程の乳輪と勃起した乳首とマンコのアップ写真には乳首より少し濃いめな焦げ茶色の2枚の伸びたビラビラの小陰部が両側に開き上の方にわ少し顔を出たピンク色のクリトリスがマンコの腟口には透明な愛液が腟口一杯に溜まっているのが分かりました僕の20年前の初体験を書かせて下さい。

初体験は15歳で中学3年生の時で、相手の女性は22歳年上の37歳で中学の担任教師の小俣郁子先生です。

37歳の小俣先生は結婚もして2人の子供の母親です。

小俣先生は158CMで多少の小太りとDカップの胸の持ち主でした。

2年生の時に担任だった同級生3人が小俣先生にタバコを持って居るのが見つかり、3人の親も呼ばれて叱られたのを根に持って小俣先生をシカトをしはじめました。
そのグループが虐められ子など十数人に及び小俣先生も相当まいって居たようで目に見えて痩せて行くのが分かりました。

元々小太りの小俣先生が好きだった僕は3人の同級生が許せなく、元々僕は小学1年生から6年生まで合気道と3年生から6年生まで空手を習って居ましたので怖いもの知らずで同級生3人に小俣先生を虐めるのを止める様に言いました。
同級生は聞く耳を持たず、その逆で小俣先生は旦那とセックスをして体にキスマークが付いていた3人をケチョンケチョンに殴り飛ばして

小俣先生との性行為をしたのは

 

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