当時、小さな2LDKのアパート住まいで風呂が無く銭湯に通っていました。 銭湯では紋々を背負った鳶職のおじさん達に可愛がられたりしていたのですが、体を丸めて祖母に教わった通りにチンチンを洗っていると、横の流しに居たおじさんに見られてしまい恥ずかしい思いもしましたが、おじさんに「もっと堂々と洗えと」笑われました。そこで恥ずかしい思いが吹っ切れて以後は堂々と洗うことができました。 銭湯では大人のチンチンを観察する機会があり包茎なのは子供だけで、人により色々な大きさがあるのだと・・・ 自分も皮を剥けばサイズこそ小さいがそれなりの形をしてると思えるようになりました。 銭湯では皮を剥いて過ごしパンツを履いてる時は擦れて痛いので元の包茎スタイルでいました。
家では自分の部屋がなかったので性的快感の追求等は出来ませんでしたが、トイレで皮を剥いてその日にあったラッキースケベを思い出し勃起させるとカリ首が締め付けれて何度も痛い思いをしましたが、自分で行う刺激で勃起してるから脳が興奮状態ではないので気持ちを切り替えればすぐに勃起は収まりました。 家のトイレで長く篭っていると母が心配して様子を見に来るので家ではしずらくなりました。 考えた結果、放課後の校舎のトイレで剥き癖を付けて家まで帰り、家に付いたら皮を戻すのような事をしていました。(今思うと馬鹿馬鹿しい事をしてると思いますが、当時は真剣に行っていたので黒歴史の一つになっています)
母が買い物に出かけて隙に、父が家に持って帰っていた週刊誌のグラビアでオナニーの真似事をするようになりました。 衣装ケースに隠してある週刊誌を偶然発見し、それを寝ころびながら見ていると昨年の夏に祖母から教えられた快感を体験することが出来ました。 その時も精通前の空撃ちで射精する事は無かったがですが皮に包まれた亀頭の周りはヌルヌルしていていました。 床オナニーに目覚めてからは毎日と出来なかったが母が居ない時にはしていました、でも精通はありませんでした。