昭和三十年代の日本の家には風呂がなくて、銭湯通いが普通であった。同級生も金持ちの家以外はみんな銭湯に通ってた。
また、小学生単独では銭湯は入れてくれない、子ども料金もあったと思うので、大人同伴で行くこととなっていた。小学生までは男湯も女湯も入れた。大抵は父親と来れば男湯で、母親と来れば女湯だった。
小学六年まで女湯に入っていたが、さすがに同級生の裸に全く興味はなくても、若い女性の裸はガン見させてもらった。もうその頃になると微妙に性に目覚めていたので、目の保養させてもらった。
同級生のお姉さんや姉の友人のおっぱいやあそこはよく見たな。湯船で跨ぐときに割れ目も見せてもらった。(笑)
逆もあって、姉が父親のみに連れてこられたときもあった。今思えば、母親が生理だったのかもしれない。そのときは父親と俺と姉の3人で男湯に入った。小六でも姉は成長が早くて、おっぱいも大きくなっていて、毛も少し生えていたようだ。同級生やその他の人も姉をガン見していたようだ。俺は見慣れていたので何ともなかったが、みんな興奮していたようだ。ちなみに当時俺は小三だからまだ女に興味がなかった。
姉が中学生になると、大人料金で当然女湯だけになったが、そうなると姉に連れられると俺は必然的に女湯に入ることとなった。小四まではあまり意識したことがなかったのに、小五くらいになると性に目覚めて、女湯に行くのが楽しみで、小さいチンコおっ立ててた(笑)。そのまま小六ぐらいまで楽しませてもらった。同級生の女子が恥ずかしそうにしていたこともあったが、逆に堂々としていた女の子の方が多かった。姉の友人とかは堂々と裸を見せてくれた(笑)。
昭和の日本
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